目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第15話 パッケージを守ります! 6/6

「えーっと……大変だったと思うけど、少し落ち着いた?」

「……! は、はいっ!も、もちろん大丈夫ですわ。平気ですわ」


 ミラは気を引き締め直して、少し優等生ぶった返事をした。


「へぇ……。5分もしないうちに救出班の誰かが来てくれると思うんで……」

「はい!」

「……それまでじっとしててね」

「はい!」

「……じゃあ。そういうことなんで」

「……えっ」

「……」

「ええと……」

「…………レーションのだけど……、チョコ」

「ありがとうございます!」


 ミラはチョコを受け取ったが、それもまた破り方が分からずマイロに開けてもらってから小さく一齧りした。

 口の中でゆっくりと溶けていく甘さに、こわばっていた身体の力がすこしずつ抜けていくのが自分でもわかった。


 たったひと欠片の甘さが、あの恐ろしい時間から一時だけ自分を解放してくれる――そんな、魔法みたいな味だった。


「ただ……ひげの男、覚えてる? 君を抱えていた奴。……あいつだけ、まだ見つかってないんだ」

「……えっ?」


 ミラは驚いてチョコレートを落としかける。


「だから俺たちは、救出班が来たうえで、校舎の安全が確認されるまでここから動けません。退屈かもしれませんが、静かに待っててください」

「は、はい! じっとします! 私、じっとするの得意です! カレンからもよく『じっとしてなさい』って言われるので!」

「へぇ……(カレンって誰だよ)」

(ってことは、もうちょっと一緒にいられる♪)


 ミラがなぜ急にハイテンションになったのか、マイロにはまるで見当がつかなかったが――その笑顔が戻ってきただけで、ほんの少し安心したのだった。



 静まり返った教室の中、マイロは暗闇の中で警戒を解かずに耳を澄ませていた。そんな彼に、隣に座るミラが小さな声で問いかけた。


「でも、あの……疲れていませんか?」


 その声音には、幼いながらも相手を気遣う優しさが滲んでいた。


「え?」


 マイロは不意を突かれたように顔を向ける。


「お水、私だけ飲んじゃって……。半分、いりますか?」


 ミラはペットボトルを両手で大事そうに抱えながら、真剣な眼差しで申し出た。


「いや。大丈夫……」


 マイロは首を横に振って断ったが、ミラはじっと彼の顔を見つめて言う。


「でもさっき、私が飲んでるとき、羨ましそうな顔してました」

「し、してないよ」


 マイロは思わず目を逸らした。

 喉が渇いたのは図星だが、少し沈黙が続いた後マイロがぽつりと口にした。


「……ペットボトルを開けたこと、なかった?」


 予想外の問いに、ミラは眉をひそめる。


「そ、そんなことないです! ただ、開ける前に……開けられちゃうから……カレンに」

(だからカレンって誰だよ)


 マイロは心の中でそうツッコミながら会話を続けた。


「その、カレン? より先に蓋を開ければいいじゃんか」

「え? だって、私はカレンがお水を持ってきてくれるのを待たなきゃだめなの。喉が渇いても、私がキッチンに取りに行ったら怒られるんですもの」


 得意げでも誇らしげでもない、むしろ自然体で語るミラに、マイロは思わずつぶやく。


「カレンは過保護だなあ。お姫様でもあるまいし」

「……え?」


 ミラの声が一瞬だけ硬くなる。


「お嬢様なんだろーけど、ペットボトルくらいは開けられるようになった方がいいんじゃない?何でもかんでもやってもらってたら何もできない人間になりそ」


 ミラは必死に反論した。


「べ、別に……何でもやってもらってるわけじゃないもん!」

「チョコの個包装も開けらんなかったじゃん」


 図星を指されたようにうっとなりながらも、ミラはむきになって言い返した。


「だ、だって、あんなの市販のチョコなんて食べたことない……」


 専用のパティシエが用意したスイーツしか口にしないミラは、ごにょごにょと気まずそうに話す。

 しかし、ミラは自室にスイーツを持ってきて来てくれるカレンを思い出すと同時にハッとした表情を見せた。


「そ、そうだ。カレン……カレンは無事ですか?」

「だから、そのカレンって誰?」

「私のおばあさまみたいな人です! 私のせいで、酷いけがを……その、あの、その携帯電話……? で、様子が聞けたり……しませんか?」


 ミラはマイロの通信機を「携帯電話」だといいながら、懇願するようにマイロを見つめた。


(め、めんどくさ!)


 マイロは一度渋い顔をするが、すぐに心の中で考えを巡らせる。


(……でもこの子、どっかのお嬢なんだよな。あとで親にでもチクられたら怠いかも……。まあ、ちょっとくらいなら……)


 マイロはしぶしぶ了解するとため息交じりに言った。


「ちょっとだけだよ。指令待ち中だから、音量は小さくして」

「はいっ!」


 嬉しそうなミラの姿は、ついさっきまで人質だったとは思えないほど生き生きしていた。


(……イヤモニ、片耳タイプだからなぁ……。ひげのおっさん見つかってないしスピーカーから音出したくないんだけど……。まぁ、音が小さければなんとか……)


 マイロはイヤモニのプラグを引き抜くと、ミラに通信機を渡してやった。

 ミラは初めて手に取る軍用のアイテムに心を躍らせながら、ドキドキしながら話しかける。


「も、もしもし……?」


 ミラは控えめに口を開いた。しかし、何も返ってこない。


「あ、あれ? これって喋れてるんですか?」


 何の反応もない通信機をミラは不思議そうに見つめた。


「通信機だから、ボタン押さないと……」


 ミラはボタンをカチカチカチ!と何度も押すが、当然ながら通信機は何の反応も示さない。


「いや、喋る時は長押し――」

「もしかして電波が悪いのかしら……! ここで調整するんですか? えいっ」

「うわ、ちょっとそこ【音量】だから……!」


 ミラが勢いよく【音量】のつまみを右へ回し切った、その瞬間――

 爆発のような怒声が、まるで銃声のように通信機から炸裂した。


『ブラウン訓練兵!!!!! 通信機はおもちゃじゃないぞ!!!!』


 不慣れなミラが触ったせいで、不必要な通信が軍全体に伝わっていたのだろう。

 耳を裂くような怒声が、密閉された教室に反響し、まるで壁を撃ち抜く弾丸のように突き刺さる。

 ミラはびくりと肩を震わせ、マイロの顔は真っ青になった。


「うわ、やべっ!」


 マイロは反射的に通信機の音量ダイヤルを絞った。

 だが、すでに遅かった。音の残響は教室の静寂を完全に破壊していた。


「ご、ごめんなさい」

「チッ!これだからお嬢は……!」


 ミラが縮こまるように謝ると、マイロは舌打ちとともに通信機を乱暴に回収し、苛立ちを隠さずに吐き捨てる。


(舌打ちされちゃった)


 ほんの一瞬、しゅんとした表情を浮かべたミラだったが、直後、ゾッとするような声が、教室の向こう側から染み出るように響き割った。


『……そこにいたのかぁ~。ドブネズミと2人で逃避行かぁ?まったく、どうにかしてるぜぇ……』


 不気味なまでに平坦な声。

 それなのに、どこかぞわりと背筋に絡みついてくる冷たい響き。

 まるで、音の形をした銃口が、じりじりと教室の壁をすり抜けてこちらを狙っているかのようだった。


『お嬢ちゃん~……お前がいないと、うちの仲間は解放されねえんだって何度言えば分かるのかなぁ?』


 間違いない。先ほどミラをさらっていた髭の男の声だった。

 マイロとミラの背筋に、すっと冷たいものが走った。マイロの反射神経が、音よりも早く動いた。


「走れ!」


 ミラを反対方向の出口へ向かわせると、マイロは急いで臨戦態勢へと入る。


「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」

「いいから走れ!お嬢走りやめろ!全力で走れ!!」


 マイロはミラの手を取って、教室のドアを蹴破るようにして飛び出した。

 瞬時に周囲の状況を判断し、逃走ルートを頭に描く。マイロたちが飛び出ていった数秒後、追いかけるような足音が後ろから聞こえていた。


「現在、パッケージを連れて……新館五階廊下を西へ逃走中! 至急支援を……求む!」


 声を張り上げながら、マイロは後ろを振り返ることなくミラの手を引いて走り抜ける。

 教室を飛び出したときの判断が正しかったかどうかは、今さら考えても仕方がない。


「逃げるなぁクソガキ!! ぶち殺すぞ!」


 とにかく逃げ切るしかない!

 マイロはミラの手をぐっと握り直すと、振り返らずに叫んだ。


「下向くな! とにかく走れ!」


 下に向かって走れば回収班と合流できるだろうが、万が一向こうが自暴自棄に陥って銃を乱射しようものなら、マイロが守るべき【パッケージ】が負傷する可能性がある。

 それならば相手に勝機があると思わせて泳がせる方がまだ安全だ。


 とはいえ、屋上まで行ってしまうと狙撃手が男を殺す為に動くだろう。

 誰も傷つけまいと頑張ったこの子を、血が流れる場所に連れて行きたくない。


「とりあえず上!」


 それならば、逃げ切って静かに回収班と合流することが最善――マイロはそう判断するとミラを連れて階段を駆け上がった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?