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第44話 すべては爬虫人族存続のため

 人間族の国・ヴィゼルツ帝国が、奪取に失敗したオーク族の砦を再度攻める見込みである――。

 オーク族はその情報を入手すると、すぐに迎撃の準備に入るとともに、共闘関係にある爬虫人族へ援軍の派遣を要請した。


 爬虫人族はそれを受け、多忙を極める戦士長代理フィルーズに代わり、彼の信頼する部下の一人が臨時の指揮官に任命され、援軍は直ちに出発した。


 そしてその後。フィルーズ自身も、遷都絡みの仕事や長老会議への対応に予想より早く目処が立ったため、僅かな供回りと共に、先発した援軍の後を追うことになった。




 馬の息があがってきたことを確認すると、フィルーズは部下たちに小休憩を指示した。

 自らも馬を灌木につなぐと、乾いた地面に荷物を置き、適当な大きさの石を見つけてそこに腰掛ける。


 その際、荷物の袋から、とある巻物が一つこぼれ落ちた。

 同じく休憩に入ろうとしていたフィルーズの部下の一人がそれに気づき、拾おうとする。

 巻物は地面に落ちた衝撃で留め紐が解け、描かれた内容が露わになっていた。


 見た瞬間、部下は目を丸くした。


「フィルーズ様。なんですか、これは」

「ん? 絵だが」

「それはわかるのですが……。左は英雄バクとして、右の人間はいったい誰なのです」

「ああ、お前は会ったことがなかったよな。英雄バクの召使だ。ケイという名前らしい。戦場にも出てくることがあるようだぞ」

「……」


 その部下は、なおも食い入るように絵を見ていた。


「どうした?」

「あ、いえ。絵が美化されているのか、それとも本当にこんな美しい人間が存在しているのか、どうなのかなと思いまして」

「実物はこんな絵よりももっときれいだったと思うぞ。いちおうできる限りそっくりに描いたつもりではあるけどな」

「えっ。フィルーズ様がご自身で描いたのです!?」

「ああ、少し前にな」

「以前より多才とは聞いていましたが、絵までたしなまれるのですか……」


 もはや感心を通り越してしまい、呆れに近いような表情を浮かべる部下。

 しかしフィルーズにとって、それは単なる趣味で描いた絵などではなかった。


「嗜みなんかじゃないぞ? 前の戦いが終わった後、他の種族……というか主にオーク族だな、あいつらに渡すために何枚か描いたんだよ。そしたら、念のために手元に残してた一枚が出発前に長老会議に見つかってしまってな。『生け捕りにできぬか』だとさ」

「そ、そうでしたか」

「人相書きとしていちおう持ってきたんだが、まあ、いちいち気にして戦わないといけない戦士たちはいい迷惑だろうな」


 フィルーズは、部下とは違う意味で心底呆れたというように肩をすくめた。


 普段の彼であれば、そのような長老会議の命令には「そんな歳でもお盛んなご様子で何よりです。恋文を代筆しましょうか? 面白そうなので俸給なしで引き受けますよ?」くらいのことは返していたかもしれない。

 だが、爬虫人の領土南端にある『異形の村』の命運がかかっているということがあり、ここ最近はなるべく反抗的な態度は見せない方針をとっていた。


「いや、そもそも間に合わんかな? おれらが到着するころには、のんびり絵を回覧している余裕なんてない状況になっている可能性のほうが高そうだな」


 それならそれで仕方ない。仮に銀髪の召使を取り逃す、もしくは討ち取ってしまっても、長老会議も責めてくることはないだろう。フィルーズはその程度に考えていた。


 部下はふたたび絵を見て、うなっている。


「おいおい、そんなにジロジロ見なくていいだろ」

「申し訳ありません。うーむ。しかし長老会議の気持ちも少しだけわかる気はしますね」

「まあな。だが手に入れたいとまで執着するのもどうか思うぞ? “爬虫人族”ならばな」


 その種族名の強調に、部下が察したようだった。


「まさかフィルーズ様、この絵をオーク族に渡した目的は……」

「まあ、そうだ。オーク族はまだあまり領土を削られてないから危機感が薄い。前回の戦で勝ってはいるが、それはこちらが派遣した異形軍団の活躍が勝因と聞いた。だが毎回それではこちらの消耗が激しすぎる。で、オーク族は世界で一番性欲が強い種族なわけだろ? あちらの上層部がこの絵を見れば、このケイという召使を手に入れようと目の色を変えて人間族と戦いだすんじゃないか、って踏んだわけだ」


 フィルーズは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「こういうやり方も本当は好かんのだが、まあ仕方ない。やれることはどんどんやっていかないとな」

「すべては爬虫人族存続のため、ですか」


 彼はうなずくと、休憩の終了を伝えた。

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