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第47話(相手も強くなっている)

 苦戦は続く。


 最初にバクの前に立ちはだかったのは、体格は並の爬虫人より少し大きい程度ながら、異常なほど筋肉が発達した者であった。


 鍛錬で必死に体を作ったとしても通常はこの半分にも至らないはずと思われるその筋肉は、力を入れていないであろう部分まで常に盛り上がっていた。


 何よりも不気味さに拍車をかけていたのは、彼が武器を持っておらず、防具も着けていないことだった。上半身は裸で、手首に幅広のバングルを着けているのみ。そして下半身も布一枚という信じがたい姿だった。靴すら履いていない。


 むろんそれは丸腰を意味せず。この爬虫人は、先の戦では帝国軍兵士を手足のみで次々と粉砕しており、『頭を素手で割る者』として報告されていた。


 爬虫人の異形部隊は、異様なほどバクの部隊に執着している。そして、他の爬虫人のようにバクの部隊を恐れていない――。

 それも議題にあがっていた。


 この爬虫人も例外ではなかった。なんの躊躇もなくバクに迫る。


 異形爬虫人に対しては、なるべく複数人で戦うこと。そんな方針もあったが、今は人数がいない。一対一に持ち込まれてしまうのは仕方ない。


 バクは前回もこの爬虫人とは対峙しており、大きなダメージを受けている。当然、それを想定した訓練もしてきた。

 一対一でも、多少の疲れはあっても、なんとか戦えるように仕上げてきた……はずだった。


 斬りかかったバクに対し、その剣を手首のバングルで受けてきたのは想定内。

 しかし、そこから繰り出された反撃の上段蹴りが、想定よりも速く、鋭かった。


「っ」


 避けきれず頭をかすめた。

 頭部がブレ、体勢が崩れた隙を逃さず、低い姿勢からの拳がバクを襲う。


「ぅ……」


 胸当てに当たったのは素手なのに、まるで金属同士がぶつかったかのような、激しく高い音がした。

 今まで数々の斬撃を防いできたその立派な装備品でなければ、他の兵士のように割られていたかもしれない。そんな音だった。

 息が詰まる衝撃に、バクの動きが止まる。


 爬虫人はさらにその隙を見逃さない。

 その筋肉ダルマのような体からは想像できない俊敏さの後ろ回し蹴りが、バクの腹を装備越しにえぐった。


「ぐふああっ」

「あっ、バク様!」


 派手に飛ばされたバクが目に入ったのか、バロンの太い声が響く。

 そのバロンも、巨体の爬虫人を相手に苦戦していた。


 彼も前回の再戦となる相手だったのだが、疲労の蓄積を差し引いても、戦いがうまく運べていなかった。

 巨体の爬虫人の戦斧が前回よりも速い。そして技術的にも稚拙さが薄れているのである。

 バロンは、かわす、受ける、で精一杯。とても手早く片付けて他の者の援助に回れる雰囲気はなかった。


 それどころか、いっぱいいっぱいのところを、飛膜持ちの爬虫人の急降下攻撃で狙われることになった。


「バロン! 上!」

「ぐあっ」


 シンの叫びもむなしく、バロンの肩から血しぶきが上がった。

 そのままバランスを失って倒れたところに、巨体の爬虫人が戦斧を振りかざしながら踏み込んでくる。


 しかしそこは、最も彼に近い位置にいて、腕を四本持つ敵をなんとか突き飛ばして時間を作ったシンが、助けに入る。


「……っ」


 青髪の少年は、受けた戦斧の重さに端正な顔をしかめるも、視界の端でバクが起き上がっていることを確認した。そして後ろのバロンが片膝をついて立ち直ったことも、気配で感じ取る。


「すまん」


 バロンはシンにそう言うと、ふたたび前に出て巨体の爬虫人へ大剣を向けた。

 肩からはドバドバと血が噴き出ている。浅い傷ではない。疲労もすでに著しく、その足元はややフラフラしていた。


 シンのほうは、立ち直ってきた腕四本の爬虫人へと対峙。

 バロンと背中合わせになるような形だ。


「こいつら……前とけっこう違ぇな?」

「同意です。まずいですね」


 背中越しのバロンの問いに、シンも苦々しげに答えた。彼の体からも血がところどころ流れている。肩も激しく上下し、膝も笑い始めていた。


 対する巨体の爬虫人や、腕が四本ある爬虫人は、まだまだ余裕があるようだった。


「お前たちも訓練してきたのだろうが……おれたちもしてきた」

「自分が進歩している間、当然相手も進歩している。それを想定していないとすれば迂闊だな」


 煽ってくる。

 彼らもまた、前回の勝利に驕ることなく、さらなる鍛錬を積み、戦いのことを学んできたのである。


 鋭い踏み込みとともに、二人の爬虫人の戦斧と剣が、光る――。


「ぐああっ」

「うっ」


 バロンとシンの体が、宙に舞う。

 バクの部隊の双璧が崩れた。

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