「うーん……」
「なんだ? バク」
「いやあ、めでたいんだけどさ。また父親がわからないのかあ」
「今回はわからんのではない。いない。そんな行為はしておらぬからな」
快晴の空の下。
川辺の
「指摘するのは大変心苦しいですが、無精卵である可能性は」
「ふふふ。この卵はきちんと
「失礼しました。無事に孵化されることを祈ります……が、ということは、あなたは父親なしで子孫を増やせるということになってしまいますが」
「うむ。そうだ。ただ、わたしだけな。わたしの子たちは相手がおらねば無理のはずだぞ」
近親婚になってしまうが子同士で結ばせて産ませるしかないのお――と言うペンギン。
私は、その言い方の断定ぶりが気になった。
「……? 何か根拠があるのでしょうか?」
「バクの部屋で寝ていたあるとき、夢の中でそう告げられたのだ」
「へ? 俺の部屋で? 誰にさ」
「わからぬ。だがとても心地よい夢だったことだけは覚えている」
「俺じゃないの?」
「どうだろうな。ただバクのところで寝るときはいつもよい夢を見る」
「バクが城にいるときは必ずバクの部屋で寝てましたものね」
「うむ。ケイの部屋も寝心地はよかったがな。バクの部屋は特によい」
かなり上機嫌である。
「わたしは夢のお告げが真実であると信じるぞ。ふふふふ」
本人は相当な自信がありそうだ。
それならそれで、おめでたいお話である。
しかしオスなしで子孫を増やせるというのは、この世界ではなかなか考えにくいこと。もしそれが本当ならば、なぜ彼女だけがそうなのかという疑問が湧くのは当然だ。
……。
このあたりは、彼女がこの姿になるに至ったところまでさかのぼらないとわからないのかもしれない。
つまり、彼女の記憶の回復待ちだ。いつになるのかはわからないが。
と、そこに、前回のペンギンの産卵の結果生まれた『一号』が、魚が刺さった串を器用に咥え、私の手元に持ってきてくれた。
「おや。ありがとうございます」
先ほど焚き火に並べていたものだ。
見ると、ちょうどよい加減に焼き上がっているようだ。
ちなみに、この魚を川から獲ってきてくれたのも『一号』である。
栄養が偏りを防ぐため今日のお昼は魚も食べようという流れになっていたのだが、バクが泳げないことが発覚していたゆえ、当初は川の深みにはまっても助かる可能性が高いであろう私が魚を獲るつもりでいた。
しかし「一号が任せろと言っている。やらせてみよう」とペンギンが送り出すと、一号は俊敏な動きで川に飛び込み、あっという間に全員分の魚を確保してしまった。
一号は泳げたのか……と不思議に思ったが、「わたしも泳げるぞ。お前たちに拾われたときに砂浜に打ち上げられていたのは、溺れていたわけではなく力尽きていただけだ」というのがペンギン談である。
「不吉なことを考えてしまい申し訳ありません。あなたの兄弟が無事に誕生しますよう、ブルードラゴンに祈らせていただきます」
私は串を受け取り、まだ母親ほどは大きくない一号の頭部を、手のひらで撫でた。
魚はとても美味しかった。
そして異変は食事の後に起きた。
「ぉ?」
バクの声。
またもや地震とともに、大きな轟音が聞こえてきたのである。
こんなに南でも、火山の噴火である。いよいよこの大地は火山活動だらけになってきているようだ。
噴火による空気の噴出で、地下の空洞が潰れ、この大地は沈降する――。
今現在は、狼人族の族長、そしてヴィゼルツ帝国の首脳のみが知っているとされる説である。
私は族長の証拠集めに協力していたため、論理的には不自然でない説だと思っていたが、明らかに異常な地異が起きているこの現実を見ると、いよいよ心情的にも納得せざるを得なくなっている。
族長の考えも、残念ながら変わってはいないだろう。
我々狼人族の地だけが海水面より上に残ると想定し、我々だけが助かるために策を弄し、人間族の南進を止める。そして、はっきり族長から言われたわけではないが、他の種族については「気づかないまま海に沈んでくれ」と。
私は狼人族の何たるかを族長から学んでいる。その私でも思う。族長には考えを改めてほしい、と。
せっかく故郷の地に行くのであれば、そのあたりの話もしたい。
「んー、元の姿に戻らないなあ。ケイ、何かヒントないの?」
焚き火の片付けをしながら、バクがぼやいている。
「純血の私とはまた具合が違うと思いますので、自分で感覚をつかむしかないと思いますが……。そもそも戻そうと思っていますか? きちんと人間の姿を想像し、戻そうと念じなければ戻れないのでは」
「あ、なるほど。戻そうとしないとダメなのかも。ケイ頭いいね!」
「バクがアホなんだろ」
ペンギンに突っ込まれているが、バクは目をつぶって「集中、集中」などと自分に言い聞かせ始めた。
すると。
「戻っていますね」
「え? あ、ホントだ」
あっさりと人間の姿になっていた。
それを指摘すると、腕や手を確認し、顔や頭を触っている。
「ふふふ。よし、今のうちに練習!」
そんなことを言い出すと、また狼人族の姿になったり、人間の姿になったりを繰り返す。自在に切り替えられるようになったようだ。
「よかったですね」
「うん。よかったけど、普段どっちの姿でいればいい?」
「狼人族の姿のときのほうが力は強いわけですよね? それでいて服や胸当てもはちきれそうなほどきつくなったようには見えませんでしたし、狼人族の姿のままでよいのでは」
すると、またバクが狼人族の姿になった。
手をグーに握ったり、上腕に力を込めたりしている。
「たしかにこっちのほうが力は入るね。楽なのは人間の姿のほうだけど……でもそういうのじゃなくてさ、ケイは、どっちの姿の俺のほうがいいと思ってるの?」
「機能の話ではなく見かけの話ですか。ならば自身の好みで決めればよいと思うのですが」
「ケイが好きなほうがいいの!」
そう言われたので仕方なく、狼人族姿のバクの全身を凝視する。
「う、なんかジロジロ見られるのはちょっと恥ずかしいかも」
「自分で言い出したんだろ。我慢しとけ」
「いてて」
高い跳躍を見せてペンギンがくちばしでつついたのは、バクの耳である。真っ黒な毛で覆われている、狼の耳だ。
彼の狼人族姿の顔は、人間の姿のときと同様に端正だった。年齢が年齢であることもあり、おそらく故郷の者たちが見れば、美麗ではなくかわいいという感想になるだろう。彼が狼人族の地で生まれていたら、きっと村の年配者たちに気に入られる子になっていたに違いない。
私はそもそも人間ではないうえ、当然のことながら、密偵として人間族の地にいた時間よりも、狼人族の地にいた時間のほうが圧倒的に長い。
よって、より魅力的に感じるのは狼人族の姿であるはず……と思うのだが。
「どちらかというと、人間の姿のほうがよいと思いますね」
なぜだろう? 人間の姿のほうが魅力的に映る。彼については人間の姿のほうが見慣れているからだろうか。よくわからない。
「じゃあ決まり! 普段は人間の姿でいるね」
人間の姿に戻ったバクはうれしそうに笑っている。
あらためて見ても、やはりこちらの姿のほうがよい気がする。不思議なものだ。
そのとき、また大きな音がした。近くの森の上に噴煙も見える。噴火だ。
揺れもある。
「……!」
さらに、自然現象ではないであろう気配も、森のほうから感じた。
バクは……例によって気づいていない。が、ペンギンは察したようだ。
「ケイ、これは気のせいではないな?」
「はい。おそらくは追手でしょう」
「えっ!? あっ、あれかな? オークだ」
私はバクを見る。
「さすがにもう私に『戦うな』とはおっしゃいませんよね?」
「俺がカッコつかないんで言いたい!」
「では心の中でいくらでもどうぞ。私も戦います」
渋々ながらバクはうなずいた。