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第59話(お、抱っこしてもらえた)

 森から現れ、開けた川辺にやってきたのは、三人のオークだった。

 いずれも馬に乗っていたが、私たちに逃げる気配がないことを感じ取ると、降りてこちらにやってきた。


「英雄バクと召使ケイだな? 我々と一緒に来てもらおう」


 戦場よりも南ではあるが、まだオーク族の領内。いつ追手が来てもおかしくはなかったと思う。

 ただ、問題はその対象である。

 バクはともかくとして、召使に過ぎないはずの私がご指名というのはどういうことだろう。


「やはり私も含まれているのですか。オーク族の方から“絵”がどうのこうのと聞いた気がしますが、もう少し詳しく知りたいです。どういうことなのでしょう」

「捕らえてから話す」

「いろいろありまして、私たちはヴィゼルツ帝国を離れて流浪の身となりました。捕まるわけにもいきませんし、戦いたくもないと考えています」

「捜索をやめろと言われていない。命令が撤回されていない以上は遂行するのみだ。抵抗するならば戦うことになる」

「……」


 これから狼人族の地を目指す関係上、あまりオーク族の地で戦いたくはないのだが、相手から来てしまうものは仕方がない。

 とりあえずこの場は戦うしかないようだ。


 現れたオークは三人とも軽装であったが、剣を装備していた。

 オーク族の兵士は、一般階級の者は棍棒を装備する傾向がある。そのため、おそらく三人はそこそこの地位を持っている兵なのだと思う。


「ゴフッ」


 まず一人。


「ガッ」


 そして二人。

 柄で鳩尾を突き、殺さずに気絶させた。

 その余裕があったほどなので、私には手強いとまでは感じなかった。


 しかしおそらくではあるが、先の戦で遭遇した一般オーク兵よりも数段強い印象。異形爬虫人たちと一緒にいた位の高そうなオークぐらいの実力はあるのかもしれない。


 嫌な予感とともに、もう一人と戦っていたバクのほうをすぐに見る。

 彼は狼人族の姿に変身している。


「……バク!」


 そのとき、ちょうどオークの刺突がバクのわき腹を捉えた。

 胸当てに覆われていない部位に、剣先が差し込まれた。


「あ゛……が……」


 その剣先が抜かれ、次に横薙ぎがバクを襲う。

 今度は辛くも胸当てがある場所に当たったが、その力強い振りにより、見事に吹き飛ばされた。


「うぐうっぁっ……ぁあっ……あ゛ああっ」


 最初の刺突のダメージが大きいようだ。

 傷口を押さえ、あえぎながら、地面の上でのたうち回っている。


 狼人族の姿となったバクは、人間族姿のときよりも力が強い印象だった。しかし技術的には変わりがないという至極当然のことが原因でやられてしまったようである。

 やはりまだ、巧者相手に一対一で戦うのは厳しいか。


 慌てて助けに入った。


「私が相手をします」


 相手の顔を見た。

 バクは狼人族の姿になっていたわけだが、特に動揺しているような様子はない。


 あのときの戦で、バクが狼人族姿へ変身するのを生で目撃した者の数は、ごく限られていた。

 爬虫人異形部隊の数名。そして意識があったのであれば、位の高そうなオーク兵一名。それだけだったはず。

 目撃していないはずの者が驚いていないということは……爬虫人側やオーク族側において、すでに話は拡散されているのだろうか。


 あまり時間をかけたくないため、私は様子見をせず、すぐに剣で攻め立てた。


 ……。

 やはりもう一人のオークも、技術的にはそこそこ高いのだろうと思われた。


「グフッ」


 しかし、他の二人と同じように難なく気絶に追い込めた。

 このオークも当分目は覚まさないはずだ。


「バク、大丈夫ですか」


 ペンギンもだいぶ心配していたのか、すぐ駆けつけてきた。


「大丈夫か。まともに刺さっただろ」


 いつのまにか卵を持っていない。どうやら、一号の体に斜め掛けされている保温箱へ一時的に移していたようだ。


「だ、大丈夫……っ。痛いだけで、そ、そんなに深くは……ないと思う」


 ここは場所が開けすぎている。他の追手が来る気配はなさそうだが、どこか安全な場所でバクを寝かせて応急処置と回復魔法を施さねばならない。

 バクの体を持ち上げた。


「あ」

「はい?」

「抱っこしてもらえた」

「……そのようなくだらないことを言えるなら、大丈夫そうですね。安心しました」

「ぐふふ。めちゃくちゃ気持ちいい。このあと膝枕もしてもらえるし、痛いの忘れそう」

「落としますね」

「あああダメ!」


 笑顔ではいるものの、やはり痛そうではある。

 揺れが伝わらないように注意をして運ぶ必要がありそうだ。


「ケイってけっこう力あるよね? この格好で動かれても全然怖くない。このまま寝ちゃえるくらい」

「寝てもいいですけれども」

「もったいないから絶対寝ない!」

「……。力自体はそこまで強くないかもしれませんよ。力の入れ方の問題だと思いますが」

「技術ってやつ? あ、技術で思い出した。戦のとき思ったんだけどさ。なんかケイ、剣の使い方もめちゃくちゃ上手いよね? 全然知らなかったよ」

「あなたが今まで、あの手この手で証明する機会を奪ってくださった結果です」


 事実なので、こうとしか言いようがない。

 そう思いながら歩き出すと、足元のペンギンが私の足をつついてきた。


「ケイ、あのオーク三人はどうするつもりだ? いずれ目を覚まして我々がここを通ったということが報告されることになるが、問題ないということでいいんだな?」


 私は気絶している三人のオークを見た。

 そして腕の中のバクと目を合わせる。


「どうするかはリーダーのバクにお任せします」

「俺?」


 腕の中にいるバクの首が動いた。完全にのびているオーク三人を見ているようだ。


「んー……あの三人もさ、仕事でやっていたんだよね。なんだか気の毒だから殺したくはないかな。本当はわざわざこんなところまで俺らを追いかけてきたくはなかったかもしれないし。あ、でも、悪いけど馬はもらっていこっか? 俺らでも乗れそうな調教がしてあったら、だけど」


「なるほど。私は異議なしです」


 ペンギン親子を見た。

 むろん異議などない――と言っているかのように、ペンギンが手をやや広げながら大きめにうなずいている。一号は母親の仕草を見てから、同じように小さい頭を縦に動かした。


 軍馬としてよくしつけられているのか、離れた場所でおとなしく待っている三体の馬。

 よく見ると、いちおうは低木に紐をかけてあるようだった。

 バクを抱っこしたまま、そちらに向かって歩く。


「ケイはさあ――」

「はい」

「密偵として帝国にいて、しんどいときってあった? やりたくもないのに仕事だから仕方なくやらないといけなかったり……。ホラ、狼人族って文化ってのが人間族とは違ってお堅いとか、他の種族には一切タッチしないとか、そんなことを聞いたことあるから。やっぱりケイだってつらいときもあったんじゃないかなって思って」

「……」

「あれ? 俺まずいこと言った!?」

「ああ、いえ」


 バクは英雄。ヴィゼルツ帝国の、人間族の、英雄であった。

 彼は少年ながらその自覚を強く持ち、国の上層部の指導と期待によく応え、人間族の英雄としてのふるまいや考え方を続けてきていたと思う。

 ただ、こういう敵味方や種族をまたいだ視点でモノを語る姿というのは初めて見たような気がする。その意外さに、驚いた。


「そういうときも、あったかもしれませんね。お気遣いいただいてとても嬉しいです。ありがとうございます」

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