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第60話(嫌われませんように!)

 一年の半分以上は、雪に覆われている。

 狼人族の地はそんな寒冷地である。

 今の時期は、長い寒気が終わりにさしかかっているとはいえ、依然として白銀の世界。そんなところだ。


 だいぶ日が傾いてきてはいるものの、まだその白銀は朱に染まり切ってはいなかった。


「見えましたね。あれです」

「おー!」


 少し遠くに見える、雪に覆われた山の斜面。木造の家がまばらに見える。

 家は雪かきがなされるので、いつの時期も白くはない。

 樹木は季節によって見え方を変化させるが、この時期はほとんどがまだ白く見える。

 厳しい気候でも枯れないのは、この地の樹木は樹液が凍結しにくい性質を持つためと言われている。


 長い距離ではあったが、いよいよ到着だ。

 馬が調達できたおかげで、順調な旅路となった。


「まもなく到着となりますが、どうですか」

「いやー、疲れた! あと寒い!」

「ご感想が英雄らしからぬ平凡さですね」


 彼は、下賜された英雄の身分を捨て、一緒に戦ってきた仲間たちと別れざるを得なくなり、世界の果てに限りなく近い地である狼人族の地にはるばるやってきた。いろいろと思うところもあるのではないかということで質問したのだが、これである。

 何も考えていないのか、気丈にふるまっているだけなのか。あえてそこは聞かなかった。


「ケイはここで育ったから寒さは平気だったりするんだっけ? ここまで、寒いって一言も言ってないよね」

「いえ、しっかり寒いです。言わなかっただけです」

「あはは。そうなんだ」


 寒いかと言われれば、寒い。この地はそういうものだとしか言いようがない。


「ペンギンは? 寒い?」


 馬上のバクの体の前にはペンギンが座っており、そのペンギンの前にはまだ体が灰色でフワフワの女の子・二号が乗っている。

 ペンギンはその問いかけを受け、順調に体が育ってきている一号と目を合わせた。一号はバクの馬上ではなく私の体の前に座っている。


「うーむ。わたしはまったく寒くないし、むしろ人間族の地にいたときよりも心地よい。どうやら一号も二号も同じであるようだ。これは問題だろう」


 たしかに、ペンギン一家はいずれも寒そうにはしていないように見えていた。

 バクはペンギンの答え方に首をひねる。


「何が問題なんだろ。寒くないならそのほうがいいんじゃないの?」


 ごもっともだ。


「いや、ここで生まれ育ったケイですらも寒く感じるのだぞ。この地は、ほぼ動物が生きられる地の南限でもあるのだろう? そこで快適というのは不自然きわまりない」


 なるほど。おそらくこれも、ごもっとも。

 しかしこれも、ペンギンの体の起源がわからないと考察のしようもない。




 街を囲む木の柵は、防衛上の意味もあるが、動物対策という意味合いもある。

 南に行けば行くほどクマなどの野獣も体が大きくなる傾向があるためだ。


 その柵に造られている簡素な門に、見張りの壮年狼人族が二名いる。

 もちろん私の見知らぬ者ではない。特に、片方は族長の側近のような地位にいる。

 バクと同じく狼人族姿になっていた私は、二人に近づいていった。


「おお、ケイか。お帰り」

「話は聞いている。無事で何よりだ」


 おさの命で戻ってきたことを伝えると、二人はそう言ってくれた。

 ただ、狼人族の姿になってもらっているとはいえ明らかに村の者ではないとわかるバクや、おそらく未知の愛玩動物としか認識できないであろうペンギン一家については、硬い対応となる可能性もあると思っていた。


「こちらはこの村の者ではありませんが、族長の許可は得てあります」

「それも聞いている。もう時間も遅いから、族長へのあいさつは明日するといい。私から伝えておこう。今日は両親に顔を見せ、安心させてあげなさい」


 族長の側近に、温かい言葉をもらえた。

 狼人族の排他的な風習から、私には多少の緊張があった。

 だが、どうやら族長は期待していた以上にしっかり周知してくれているようだ。円滑に村の中に入れてもらうことができた。


「はじめまして!」

「世話になるぞ」


 バクやペンギンたちもあいさつをしている。


 バクは満面の笑みで堂々とあいさつしていた。私以外で初めて見る狼人族を前にしても、今のところは緊張している様子もない。

 英雄の称号を下賜されたときに「内心がどうであろうが、常に堂々と」と言われたらしいが、それを守っているのか、あるいは本当に緊張していないのか。


 ペンギン一家は……こちらは確実に緊張はしていない。

 彼らは、この世界のどこに行こうがどんな態度を取ろうが、この容姿のおかげで邪険に扱われることはないのだろう。門番はペンギンが言葉を話した瞬間こそ驚いていたが、すぐに顔をほころばせていた。


 そして村の中に入ると――。


「ケイの両親に会うの楽しみ! だけどなんか急に緊張してきた」

「ここで初めて緊張するのですか。面白い人ですね」

「俺、毛が真っ黒だけど大丈夫なの!?」

「珍しいですが大丈夫ですよ。私の銀色一色もだいぶ珍しいですから」

「フムフム。たしかに、さっきの門番もそうだが、体毛は灰色が多そうだな。その次に茶色といったところか」

「な、なんかドキドキ通り越して苦しくなってきた。息ができなくてヤバい」

「オイオイ、大丈夫か」


 急に過呼吸気味になるバクと、それを呆れ気味に見るペンギン一家。

 彼らを連れ、除雪されてはいるが硬い道の上を、私の生家へと向かって歩く。


 ……。

 まだ日が沈み切っていないので、村人とは普通にすれ違う。

 けっして広い村ではないため、顔見知りに会う頻度も多い。みんな「おかえりなさい」と言ってくれる。


 ただ、どことなく、違和感があった。


 その正体は、キョロキョロしているため明らかによそ者とわかるバクに対しての、やはりわずかながら隠しきれていない警戒感ではない。

 ペンギンに対しての、奇異と和みの視線のことでもない。


 純粋に、私の目に映っている、村人たちの顔についての違和感だった。

 なぜか、みんな以前よりも無個性に見える気がした。

 顔が変わったわけではないはずなのに、と思う。


 ……気のせいか。


 人間の顔の区別はきちんとついていたし、均一化されて見えていたということもなかった。

 単にしばらく狼人族を見ていなかったからそう見えるだけではないか。しばらく狼人族を見続けていれば、すぐに感覚は元に戻るだろう。


「父上、母上。族長の命で戻ってきました」


 二人とも、相変わらずの明るい灰色の体毛をしていた。

 私の場合、久しぶりの再会でも――とは言っても、何年も留守にしたわけではないが――、特に照れくささなどはない。


「おお、よく無事で戻ってきてくれたな」

「お帰りなさい、ケイ」


 狼人族の親子は、人間族の上流階級にありがちな溺愛というような性質ではもちろんないのだが、他種族同様、いやそれ以上に絆は強いとされている。

 扉を叩くと、両親は家の前に出てきて、笑顔で迎えてくれた。


「族長から聞いている。そちらの子がバクか?」

「はい。そうです」

「ははははっ、はっ、はじめましてっ。ばばばばっバクです」

「愚息がとてもお世話になったそうだね」

「あっ、い、いえそそそんなことないです――」


「バクは私の命の恩人でもあります。父上。彼がいなかったら私は今この世にいなかったでしょう」

「なんと……。親として礼を言う。ありがとう」

「いいいえいえいえいえおおお俺もななな何度も助けられて」

「そんなに硬くならなくていいよ」


 私も、バクは少し緊張しすぎではなかろうか、と思う。何を言っているのか全然わからない。

 無数の帝都民を相手に堂々と演説していた『救国の英雄』様は、どこに行ったのか。


「おやまあ、可愛らしい子ですこと」


 母が笑っている。

 実は少し心配していたのだが、両親の様子を見るに、どうやらバクの第一印象は悪くないようだ。

 表情にも言葉にも、「よそ者め」というような感情が含まれているようには感じない。


「あなたはペンギンさんという生き物ですか? こちらも可愛らしい」

「そうだ。よろしく頼むぞ」


 ペンギン親子はいつもどおりという感じか。

 さすがに言葉を発した瞬間は、両親とも驚いた顔をした。族長からは単なる愛玩動物としか聞いていなかったのかもしれない。

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