この大地の危機に、全種族を生き延びさせる――なかなかに壮大な話だと思う。
今は何もない身でありながら、彼はやらなければならない。
もっとも。彼はヴィゼルツ帝国の軍に入ったときも、何もない身からありえないほどの高さまで持ち上げられ、大きな役割を担わされ続けてきた。そしてそれに応えてきた。
きっと、今回も──。
「頑張ります! 何をしていくかとかはまだちゃんと考えてないけど、協力してくれるならうれしいです」
やはり。
彼は期待に応えようとする。
前よりも大きく、そして困難であろう仕事であっても。
見かけはただの子供なのだが、彼には以前から、「やめておきなさい」と忠告しようとは思わない不思議な雰囲気がある。
むしろ、彼ならばやってしまうかもしれないと根拠もなく思ってしまう。
「具体的な手法はこれから思案すればよい。ただし、この大地に名を馳せた英雄として、目標と口にしたる以上は達成しなければならぬぞ。未達の目標というのは中身がどんなに素晴らしくとも、客観的には何もないことと変わらぬ」
王弟がふたたび王を見た。
「兄者。バク殿については当面の間、│
「よいぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
バクも王に礼を言ったので、私やハンサも頭を下げる。ペンギンたちも小さく頭を動かすのが見えた。
「そしてこれは、もしよければ、だが……バク殿に頼みたいことがある」
「はい?」
「そちらの、ハンサという者をいただけぬか。王族の直属の部下にしたく思う」
おとなしく座っていたハンサに、全員が注目する。
「彼は天から雨を降らせ、見事火災を鎮火させた。王都は木造の建築物が多く、活躍の場は数多あると見る。バク殿への礼ならばいくらでも用意しよう」
堂々と、引き抜きの申し出。
ハンサはさすがに口をすぼめて驚いた顔をしたが、特にうろたえる様子もなく、またすぐに微笑を浮かべた。
一方、バクは困惑をあらわにする。
「いや、あの、その、ハンサは、たしかに仲はよかったし色々世話になってたんですけど、俺の部下ってわけじゃなくて帝国の筆頭宮廷賢者さんの部下で……。だからそういうのは俺がどうこうじゃなくてハンサ次第というか……」
「ふむ? そうだったのか。ならば本人に聞くとしよう。どうかな」
これには即答だった。
「すみません。せっかくのお誘いですが、ぼくはバク様の部下になるためにここまで来ました。バク様以外の主は考えられません」
「えっ、ただ様子を見に来たんじゃなくて?」
そんなわけないだろ、というペンギンの声に、ハンサはフッと小さく吹き出した。
「バク様が帝国に戻らないとわかってから、ぼくもすぐ帝国を抜けています。今は帝国で持っていた身分は返上済みです。辞表も送り付けました」
「そんなことしてよかったの!? というか俺が狼人族の姿になるの見てたよね!? 半分人間じゃないよ? 大丈夫なの!?」
「はい。そういうことですので、今この場でぼくを正式に部下にしてください」
「ええぇっ!? いやー、気持ちはありがたいんだけど……」
頭を掻いて苦笑いしてから、バクは王弟に「なんか、ごめんなさい」と謝罪した。
「よい。主は選ぶものだ。素晴らしい忠誠心に感服した」
王弟は怒らなかった。
それどころか、ハンサに対し優しい笑顔を見せた。
「ハンサよ。我々の見る目が正しかったことが証明できてうれしく思う」
「ありがとうございます。埋め合わせと言っては大変失礼な申し出かもしれませんが、自分も端くれながらヴィゼルツ帝国の宮廷賢者でしたので、貴国の街の防火対策につきまして提案が可能です。知識をまとめてお伝えしたく思います」
「おお、それはかたじけない。我が国も頑張ってはおるが、ヴィゼルツ帝国に比べればやはり技術的にははるかに及ばぬのが現実。すぐに担当の者との打ち合わせができるよう手配させていただこう」
王弟は深々と頭を下げた。
王もそれを見て、倣う。
「ハンサ君。感謝する。君のような優秀な者に選んでもらえるよう、私ももっと頑張るよ」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
王は微笑むと、なぜか私のほうを見てきた。
角度のせいだろうか。青龍の細工が施された冠に埋め込まれていた青い宝玉が輝く。
「本当はそちらの召使殿も召し抱えたかったのだが」
「兄者、それは口に出さぬとおっしゃっていたのでは……」
「すまぬ。つい、な」
またたく間に焦り出して顔を王と私の交互に高速で往復させるバクに、王は穏やかな顔で話しかけた。
「安心してほしい。略奪は趣味ではない。私は姿を見られただけでも満足だ」
その王の言葉で、瞬時にバクは生き返ったようだった。もちろん私が承諾する可能性など万に一つもなかったので、きわめて無駄な浮き沈みである。
「それに、私たち虎人族の国には『
傾国って何? という顔でバクが見てきたが、それには答えなかった。
なお、いちおう私はその意味を知っていた。
* * *
バクたちが凌雲の間を後にすると、王はやや姿勢を崩し、体から力を抜いた。
元々病弱であったこともあり、姿勢を保つのも並の虎人族より体力を消耗するのである。
「だいぶ彼らを注意深く観察していたようだな、ソウ」
王がそう言ったとき、一匹の鳥が舞い込んできた。
珍しいことではない。
「ここは、いろいろな鳥がやってまいります。中には狡猾な鳥も来ましょう」
絶景を望む手すりの上に止まったそれは、小さな鳥だった。
背には光を受けて輝く瑠璃。喉元は静かで深い紺。腹に目を移せば、はっとするほど清い白が雪のように輝いている。
王は手を伸ばすわけでもなく、ただ眺めた。
「歴史上、落ち延びてくる将というものは、再起に利用できるものを探し求めていることが常。このたび英雄バクを急遽呼び出しての面会……大切なことは、王が利用されることなく、王が利用すること。それがしはそう考えておりました」
「だいぶ正直に話していたという印象だったな、彼らは」
「狡猾な鳥でなかったことは、何よりです。念のために控えさせた兵士も不要となりました」
王は鳥から顔を外し、やや
「ほう。私の目には、ずいぶんとお前は英雄バク一行のことを気に入っているように見えたが?」
「それがしは街で見たときより気に入ってはおりました」
「あのときはさほど話し込んではいまい。何が気に入っていたのか」
「顔です」
「顔? たしかに別種族でもはっきりとわかる顔のよさではあったか……。バク本人はまだ子供なので美男というよりはかわいい顔をしているように見えたが」
今度はソウのほうがニンマリと笑う。
「そのような意味ではございませぬ。顔の美醜ではなく人相です。顔には生き様が現れていることがあります。それがしの目には、英雄バクも、召使ケイも、賢者ハンサも、ペンギンという不思議な生き物も、全員の顔が輝かしく見えておりました」
「なるほど。たしかに活き活きとしていた。何か大きなことをしてくれそうな」
「そうですな。ただ……兄者も『する側』であることをお忘れなきよう。この大地に起きている異変の真相がわかった以上、今後は休んでいる暇はないかもしれませぬ」
手すりにいた鳥が美声でさえずり、飛び立っていった。