そして、ついに刑の執行日がやってきた。
見張の兵たちの話によれば、今回もアリシア妃は帰国できていないらしい。
(結局。こなかったな……)
最後まで、ミルネシアからの接触はなかった。諦めと共に迎えた朝、処刑人と複数人の兵士達が牢を訪れ、ライラはその手によって外へ連れ出される。
(……もう、わからない。何が正解だったの? どうすればよかったの? ミル。ねぇ、助けて)
広間の中央に設置された処刑台。大量の藁が敷き詰められ、中心には一本の無骨な柱がそびえている。それは自分の命を焼き尽くすための祭壇のようにも見えた。
「ライラ・ルンド・クヴィスト。一歩前へ」
「……」
命じられるまま、歩みを進める。処刑人の手によって拘束具が装着され、ライラの身体は柱にきつく固定された。
これでもう、どこにも逃げられない。
「これより、被告人ライラ・ルンド――」
罪状の読み上げが始まり、粛々と刑の準備が進められていく。集まった群衆の前で火が灯され、藁が音を立てて燃え始めた。
足元から徐々に炎が広がってゆく。やがて全身を呑み込むには、そう時間はかからないだろう。
――熱い。そう感じるべきはずなのに、不思議と何の感情も湧いてこなかった。ただ、早く終わってほしい。それだけを願っていた。ライラは虚ろな瞳で、煙る空を見上げる。
牢の中で、自ら命を絶つ機会はいくらでもあった。けれど、自分の手で死ぬことだけはできなかった。
最前列には、満足げな表情を浮かべるモーランの姿があった。
「さようなら、大罪人ライラ・ルンド・クヴィスト君。向こうで姉と楽しくやってくれたまえ」
「…………お姉ちゃん、やったよ」
「……これは正しい行いです。私は悪くありません。すべてはミルネシア様の為です」
その傍らに立っていたのは、憎悪を露わにするシャーリー。そして、どこか気まずそうに視線を逸らしながらも、わずかに嬉しげな笑みを浮かべるメアリー。
(そう……私はまた、彼らにはめられた。私一人の力じゃ……どうにもならなかった)
処刑場の警備は、王国騎士団のレオン・アルバートが任されていた。彼がいる限り、この処刑に干渉する事は不可能だろう。
(偶然の事故も、誰かの助けも来ない。もう……私はここで死ぬんだ。ミルにも、会えないまま。最後に会いたかった……死んだらまた会えるかな? 会えるよね。今度は、どこからやり直すんだろ。もう疲れちゃった)
目を伏せ、全てを諦めた。次の瞬間――
「ライラーぁぁぁぁぁぁーー!!」
「――!」
突如、処刑場の後方で魔力の奔流が炸裂した。眩いばかりの虹色の光が辺りを覆い、警備していた兵士たちを容赦なく薙ぎ倒してゆく。
その光の中心にいたのは、ハディオット将軍。屈強な兵士を数十名従え、恵まれた体躯で敵兵を次々と蹴散らしていく。そしてもう一人。
「ライラぁぁぁーー! まだ生きてるー!?」
呼ばれた自分の名。その声の主はまだ見えない。背丈の低さもあって人波に紛れ、姿は見えないが――この混乱の中で、大罪人を救おうとする者など、ライラは一人しか思い浮かばなかった。
「ミ……ルぅ!」
「――ふふ。ここで動きましたか。どうやら、我々の隙を窺っていたようですが……残念ながら見つからなかったんでしょうね。王国最強の騎士が控えている以上、形勢は覆りませんよ」
宰相モーランが冷笑を浮かべ、処刑人に指示を飛ばす。
「さっさと彼女の処刑を終わらせなさい」
「御意」
目深に白い外套をかぶった処刑人が静かにうなずいた。その隙間から覗くのは、艶やかな緑の髪。声色からも、若い女性であることがうかがえる。
彼女が再び点火を命じた瞬間、火勢が一気に強まった。これまでわざと抑えられていた炎が、勢いを取り戻したかのようにライラを包み込む。
(これが狙い!? モーランはここで自分に歯向かう者たちを一網打尽にするつもりなんだ)
ライラは宰相に従わない反乱分子を誘い出す餌でもあったのだ。
「ううっ……」
熱気に顔を歪め、息を呑むライラ。そんな彼女に背を向け、モーランはさも無関心そうに王宮の方へ歩を進める。
「レオン君には、乱心なされた姫君の相手を任せましたよ。この国の為です」
「…………モーラン・グラウド。貴殿には後でじっくり話を聞かせてもらうぞ。姫様っ!」
その瞬間、群衆を割ってミルネシアの姿が現れる。魔力を帯びた彼女の一撃とレオンの剣が火花を散らし、壮絶な攻防が始まった。
王国最強の剣士と魔法使い。その二人の激突は、誰もが息を呑むほどの迫力だった。
「み……ル、ぅ……」
「ライラ!!」
だが、いかに魔法の天才であるミルネシアとて、相手がレオンでは一筋縄ではいかない。処刑台に近づこうとする彼女をレオンは寸分の隙もなく押しとどめた。遠距離から放たれる魔法でさえ、彼の剣術の前にはあっさりと弾かれてしまう。
「くっ、どうして……!」
「――実戦経験の差ですな。それと姫様。ひとつ忠告を。大罪人の事が気になるのは理解しますが、戦いの場で私から目を逸らすのは、得策ではありませんよ」
「くっ、どきなさいレオン! これは命令よ! 早くしないと……ライラが、ライラがぁっ!!」
「すでに、手遅れです」
「あっ……」
その瞬間、炎が一層激しく燃え上がった。
「ライラぁぁぁぁぁぁぁぁあー!!」
「ミル、ミル――うわぁぁぁぁぁあぁぁあーー!」
ライラの全身が火に包まれ、それを見た少女の悲鳴と彼女の絶叫が処刑広間全体に響き渡るのだった。