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第31話 罪人の少女

 ライラは結局、ミルネシアと一度も会うことができないまま、査問会当日を迎えることとなった。


 罪人のような灰褐色の囚人服を着せられ、手枷をはめられたまま街を歩かされる。城門までの道は、あたかも見世物としての巡行であるかのようだった。


(前回は裏口から馬車で街を抜けた。今回もルートは同じ。でも――)


 先導する兵士は、拘束されたライラの歩調に一切配慮せず、ただ無造作に前を行く。そのせいで足元がもつれ、彼女は転倒した。


「あぐっ……!」


 膝から血が滲み、石畳に赤い滴が落ちる。


「……何をしている。立て。さっさと歩け」


「……はい」


 痛みに耐えながら、ライラはよろよろと立ち上がる。心はとうに折れかけていたが、それでも一縷の希望を信じて、彼女は足を前に運び始めた。


◇◇◇


「これより、国家反逆罪を犯した大罪人、ライラ・ルンド・クヴィスト公爵令嬢の査問会を開始する!」


 無機質な宣言が広間に響く。だが、ライラの目が探し求めた相手――ミルネシアの姿は、どこにもなかった。


 代わりに、かつて彼女が座っていた席には宰相モーランが悠然と腰かけている。また二週目の時とは違い、ライラが知る面々の姿は一人も見えない。


(……何これ。こんなの、ただの茶番じゃない)


 皮肉なことに、それはかつてモーラン自身が二周目で感じていた感情と酷似していた。


 会場に集うのは宰相に迎合する者ばかり。観客席からは罵声が飛び交い、「売国奴!」と物が投げつけられる始末だった。


(自分が死ぬことにはもう慣れた……けど、ミル……ミルだけは無事でいて……お願い)


 ライラの意識はもはや査問会に集中していない。ただ、幼馴染の安否を祈るばかりだった。


「以上。これより、被告人ライラ・ルンド・クヴィストに判決を下す――」


 弁明の機会すら与えられないまま、裁きは淡々と進み、そして終わった。


 所要時間は一時間もなかっただろう。


 判決は、有罪。国家反逆罪として数日後に処刑される。方法は――火炙り。ラフストン王国において、最も罪が重いとされる者に与えられる処刑方法である。


「……今度は火炙りか。色んな死に方ができて、嬉しいな……いや、嬉しいわけ、ないじゃん……! 何を言ってるんだ私は……」


 窓の無い独房の隅で、独り言を呟くライラの前に、一人の貴公子が姿を見せた。


「やれやれ、麗しい顔が台無しですよ。とうとう乱心なされましたか? 乱心するのは……ベッドの上で十分ですよ」


 闇に紛れてその顔は見えなかったが、声に覚えがある。同時に、背筋を冷たいものが走る。これは生理的嫌悪に近い。


「……どちら様ですか?」


「これは失礼。査問会以来、いえ幼少期以来ですね。アルゲイツ・シュピンダーです」


「帰って」


 現れたのは、ライラが「キモい貴族」と認識している男だった。


 二周目では、彼はライラを奴隷にしたいとまで発言し、明らかに性的な目で彼女を見ていた。


 彼が宰相側の人間である事は承知している。モーランと手を組んで査問会が自分たちのペースで進むように動いていたのは分かっていたが、あの時の言葉は彼の本心でもあったのだろう。


 今回もその下心は変わっていないらしい。


「単刀直入に申し上げましょう。私の物になりなさい。そうすれば死なずに済む。グラウド卿とも話はついております」


 牢の扉を開け、ライラのすぐ側までやってくると彼は少ししゃがみ、手を差し出した。


「この手を取りなさい」

「何を言うかと思えば……」


 曰く、替え玉を用意し、秘密裏に逃がしてやるという。もちろん見返りは、彼の所有物になること。つまりライラに自分の奴隷になれと迫っているのだ。


(最初から、『はい』という選択肢は私にはない)


 モーランも認めていると彼は言っているが、ライラがその申し出を断る事をわかっているからこそ許可したのだろう。


「残念ですが、お断りします」


 ライラの返答はきっぱりとしていた。自分には、心を捧げると決めた相手がいる。ほかの誰の物になるつもりもない。


 その発言が、彼のプライドに障った。自分が慈悲の手を差し伸べているのにも関わらず、この期に及んでまだ王女を信じているのかと。


「この能無し令嬢が……! 自分の立場も理解していないのか! 今こんな状況になっていても一度も会いに来ない時点でお前は王女殿下に見捨てられてるんだ。いいか、私の、俺の手を取らねば死ぬんだぞ? そんなに死にたいのか!?」


 怒りに駆られたアルゲイツはライラの腕を乱暴に掴み、そのまま独房の冷たい床に押し倒す。拘束された足では抵抗もできない。


――危険だ。何をされるか分からない。


「や、やめて……帰ってよ! 何を言われても、私はあなたのものにはならない! 私の全部は、ミルにあげるって決めてるんだから!」


「女同士でッ!」

「うっ……!」


 拳が腹に叩き込まれ、空腹の胃から吐瀉物がこみ上げる。


 ライラの苦鳴とアルゲイツの怒声が響き、見張りの衛兵が駆けつけてくる。アルゲイツは引き離され、引きずられるように牢を出て行った。


 彼は最後まで何か喚いていたが、ライラの耳に入る事はなかった。


(ミル……今どこで、何してるの?)


 その日もミルネシアが会いにくる事はなかった。

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