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第79話 さっきはさすがに、死んだと思ったもんね

 心地よい揺れと、人肌の温もり、聞き覚えのある人達の声と、汗臭さ……。

 意識を取り戻した寧人の頭に、様々な情報が流れ込んでくる。


 誰かに背負われて、運ばれているらしいのを、すぐに寧人は察する。

 何故、自分が誰かに運ばれているのか、その理由もすぐに思い当たる。


(俺……ゴーストドラゴンの……骨にやられたんだ)


 意識を失う直前に、自分のミスに気付いたことを、寧人は思い出す。

 そのせいか、意識が戻る前、夢琪にゴーストドラゴン……鬼龍について学んだ時のことを、夢に見たような気が、寧人にはしていた。


(あれ? 俺……誰に背負われてるんだろ?)


 身体の姿勢と揺れから、自分が誰かに背負われているのは、寧人には分かる。

 寧人の目は開いているのだが、背負われている今、相手の身体が近過ぎるせいで、誰だか分からない。


 それでも、銀色の髪に褐色の肌、青い服の一部を、寧人は何とか視認することができた。

 目にした条件が揃っている人間を、寧人は記憶の中から探し出し、その名を呟く。


「……バネッサ……さん?」


 寧人の声を聞いて、意識を取り戻したのに気付いたバネッサは、安堵した風な声で、言葉を返す。


「起きたか? よかった……」


 聞き覚えのあるバネッサの声を聞いて、寧人は状況を理解する。

 自分が意識を失った後、バネッサに背負われ運ばれているのだと。


 落下防止の為に、バネッサの首に抱きつく形で、両手首が縛られているらしく、寧人は腕を動かすことができない。

 寧人は頭を動かし、周囲の状況を確認する。


 近くを歩いているシェイラとティルダが、安堵の表情を浮かべている姿が、寧人の目に映る。

 二人の背後に見える景色は、見覚えのある砂漠。


 自分が第二階層にいるらしいことが、寧人には分かった。


(どうやら、気を失った後、モリグナさん達に運ばれて、第二階層まで上がってきたみたいだな)


 おおよその状況を理解した寧人に、ティルダが問いかける。


「脇腹の具合はどう? 聖術で治療しておいたから、大丈夫な筈だけど」


 ティルダに問われ、寧人は左脇腹が、全く痛くないことに気付く。

 一撃で気を失う程、強力な一撃を食らっていたのに。


「大丈夫です、痛みも……何もありません」


「意識回復の術もかけたんだけど、消耗が激し過ぎたみたいで、目を覚まさなかったから、私達が交代で運んできたの」


 ティルダの治療が終わった後、寧人の苦痛は取り除かれたので、その顔は安らかであった。

 意識回復の聖術をかけ、ティルダは寧人を目覚めさせようともしたのだが、目覚めなかった。


 故に、モリグナの三人が交代で寧人を背負い、アガルタから運び出すことになったのである。


「あの……もう自分で歩けるんで、下ろして下さい」


 落下防止の為、両手首を縛られているので、寧人は自分だけでは、バネッサの背から下り難いのだ。


「遠慮しないで、地上まで背負われてりゃいいのに」


 冗談半分で、そんな言葉をバネッサは返しつつも、寧人の意志を尊重。

 バネッサは立ち止まると、手首を縛っていたロープ代わりのタオルを解いて、寧人が下りられるようにする。


 寧人はバネッサの背中から下り、身体の状態を確認する。

 ほぼ問題が無い状態まで、寧人の身体は回復していた。


奥拉経路オーラパス……じゃなくて、武仙幇の場合は經絡になるんだったね。經絡の方のトラブルは、私の聖術では、どうにもできなかったけど、体力の方は聖術で回復させておいたから」


 ティルダの言う奥拉経路とは、奥拉戦技における、經絡の呼び名だ。

 寧人の治療を行う際、經絡の状態が悪いことに、ティルダは気付いたのだが、治療はできなかったのである。


 通常の奥拉経路……經絡のトラブルであれば、ティルダは治療可能。

 でも、消氣衰は通常のトラブルではないので、ティルダにも回復させられなかったのだ。


「あ、治療と回復……有難うございます!」


 まだ礼を言っていなかったことに気付き、寧人は慌ててティルダに頭を下げる。


「何言ってるの、助けてもらったのは、私達の方だよ」


 ティルダの言葉を、シェイラが受け継ぐ。


「さっきはさすがに、死んだと思ったもんね」


「寧人が助けてくれなければ、俺達は全滅してただろう。有難う……助けてくれて」


 バネッサはストレートに礼を言った上で、ストレートに訊ねる。


「それにしても、さっきのあれ……何なんだ? 何か変な格好していたし、凄まじい奥拉射撃オーラシューティングを、足から放っていたように見えたんだが」


「あれは……その……」


 答えていいものかどうか分からず、寧人は言い淀む。




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