夕日に照らされた、アガルタの東エントランス付近は、普段より賑わっている。
今日はアガルタが荒れていて、早目に冒険や採掘を切り上げた者達が多く、エントランスの前に冒険者達と採掘者達が、溢れ返っているせいだ。
一時間程前には、ゴーストドラゴンの出現の報告が地上に届き、迎撃の為に四つ星以上の冒険者達と、元四つ星以上のバウンサー達が、各エントランスの前に集められていた。
だが、二体確認されたゴーストドラゴンが、アガルタに下りていた冒険者達に倒されたという報告が届き、それが事実だと確認された為、迎撃態勢は解かれた。
ゴーストドラゴンを倒したのは、モリグナだという情報が、地上には伝わっていた。
二体ともモリグナが倒したという情報や、一体はモリグナが倒したが、もう一体は仮面をかぶっていた、妙な冒険者が倒したという情報も伝わっていた。
強力なモンスターであるゴーストドラゴンが、アガルタに同時に二体も出現するのは、かなり珍しい出来事といえる。
それ故、地上は大騒ぎといえる状態に、なっていたのである。
屋根の上で道行く人々を見下ろす黒猫のように、五階建ての建物の屋上から、東エントランスの辺りを見下ろしていたヘルガにも、ゴーストドラゴン関連の情報は届いていた。
屋上は飲食スペースになっていて、冒険者の客達がゴーストドラゴンに関する話題に花を咲かせているので、自然と耳に情報が飛び込んできてしまうのだ。
屋上の飲食スペースには、テーブル席があるのだが、ヘルガは席には座っていない。
ミルクティーの入った紙コップを手に、屋上の縁にある、落下を防ぐ為の柵に寄りかかり、ヘルガは東エントランス辺りを見下ろしていた。
寧人がアガルタに下りて、六時間が過ぎた辺りから、ヘルガは東エントランス辺りで、寧人が出てくるのを待っていたのだ。
別に待ち合わせをしていた訳ではなく、心配になったヘルガが、勝手に寧人を待っているだけである。
高い所からの方が、寧人を見付け易いと思い、待つ場所には東エントランスを見下ろせる、建物の屋上の飲食スペースを選んだ。
長々と居座るのは悪いと思い、三十分ごとに売店に向かい、何かを飲み食いしながら。
ヘルガが寧人を待ち始めてから、そろそろ二時間半が過ぎようとしていた。
「今度はフゴメスクにでもするかな」
そう呟いて、売店の方に向かおうとしたヘルガの耳が、エントランスの方から、賑やかな声がし始めたのを聞き取る。
「何だ?」
気になったヘルガは、売店に向かうのを止めて、東エントランスの方に目をやる。
すると、四番トンネルの前に、人だかりができている光景が、ヘルガの目に映る。
レヴァナント化したことにより、人より遥かに優れた視覚を持つようになったヘルガは、人だかりの中心にいる者達が、誰なのか視認できる。
そして、待ち侘びた寧人の姿を確認し、まずは安堵の表情を浮かべる。
そして、寧人の周りに、モリグナの三人がいるのを目にして、ヘルガは驚く。
「何で寧人が、モリグナと一緒にいるんだ?」
ヘルガは自問し、寧人とモリグナが一緒にいる理由について思案するのだが、情報が少な過ぎて、ヘルガは答に辿り着けない。
思案するヘルガの目線の先で、モリグナと寧人達の周囲に、多数の人々が集まってくる。
モリグナがゴーストドラゴンを倒したことは、地上に伝わっていた。
元からモリグナが、割と有名な存在だったせいもあるのだが、ゴーストドラゴンを倒した者達を見物しようと、野次馬達が集まってきたのである。
モリグナと寧人は身軽な動きで、野次馬達の間や上を通り抜けると、人込みを抜けて、路地裏に駆けこむ。
ヘルガからすると、死角となっている路地裏に。
ヘルガは口惜し気に、舌打ちをする。
「あの方向だと、パブリックハウスには向かわないのか?」
四人がどこに向かっているのか、分からなかったヘルガは、紙コップをゴミ箱に捨てると、輕身功を発動。
隣のビルの壁まで跳ぶと、地面であるかのように壁を走りながら、東側に向かって移動を始める。
そして、建物の屋根や壁を走る、かなり非常識なコースを通り、寧人達が向かったと思う辺りに移動し、ヘルガは寧人達の姿を探す。
だが、ヘルガは寧人達の姿を、見付けることができなかった。
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