サウダーデの外縁部には、味も素っ気もないデザインの、三階建ての建物が建ち並んでいる。
大抵は古びていて、あちこちが改装されていたりもするので、元々は同じデザインだったとは思えない程度に、個性的な建物だらけの状態だ。
こういった建物は、カンパニーハウスと呼ばれている。
カンパニーハウスは元々、増加する冒険者達や採掘者の為、パブリックハウスが建てた集合住宅であり、カンパニー向けという訳ではなかった。
元々は安価な賃貸住宅であったのだが、カンパニーに所属する者達が、まとまって住む利用形態が増えたことから、多くのカンパニーが買い取って、拠点とするケースが増えてしまった。
その結果、カンパニーハウスと呼ばれるようになったのだ。
大手のカンパニーは、自前で本拠地を建ててしまうし、成功した冒険者達は、もっと新しい集合住宅や家に済みたがる者達が多い。
故に現在では、基本的には金がない、若い冒険者達や採掘者達が、シェアハウス風に共同生活を送るという形で、カンパニーハウスを利用するケースが多い。
夕日に赤く染められている、サウダーデの東側外縁部にも、多数のカンパニーハウスが建っている。
コンカーを下りた寧人は、モリグナ達によって、その中の一つに連れてこられていた。
アガルタを出た後、寧人は第一パブリックハウスに向かい、手に入れたアガルタイズを売却しようと思っていた。
ところが、モリグナの三人に、止められたのである。
「パブリックハウスは夕方と夜は混んでるから、アガルタイズを売るのなら、アガルタに下りない日の、朝か昼間に行った方が良いんだよ」
冒険者の先輩であるバネッサにアドバイスされたので、寧人は素直に従うことにしたのである。
ちなみに、モリグナの三人の言うことは事実であり、パブリックハウスは朝か昼が空いでいるのだ。
モリグナの三人は八卦溫泉に行くので、どうせ洞天福地に戻るのであれば、一緒に行こうと寧人を誘った。
八卦溫泉に行く準備をする為、カンパニーハウスに寄りたいと言われたので、寧人はモリグナに誘われ、彼女達のカンパニーハウスに寄ることにした。
東エントランスの人込みを抜け、路地裏に入った後、モリグナは寧人を誘導して抜け道を通り、コンカーの駅前に辿り着いた。
モリグナと寧人は、余り知られていない抜け道を通ったので、ヘルガは四人を見失ってしまったのだ。
その後、コンカーに乗った四人は、サウダーデの東外縁部まで移動。
駅でコンカーを下りると、モリグナのカンパニーハウスに辿り着いた。
三人で暮らしているわりには、モリグナのカンパニーハウスは大き過ぎた。
本来は十人以上が住めるカンパニーハウスを購入し、モリグナの三人は同居しているのだ。
青空のような色合いに塗られた建物の一階は、共有スペースになっていて、ダイニングキッチンやラウンジ、シャワールームやランドリールームなどもある。
電化製品はないが、魔術や聖術を利用した道具があるので、寧人からすると古臭くは感じるが、余り異世界という感じはしない。
中国風の設えが多い、洞天福地の建物に比べると、かなり現代日本の建物に近い内装である。
友人が暮らす、古いマンションをリノベーションしたシェアハウスに、遊びに言った経験がある寧人には、その手のシェアハウスに近い感じに思えた。
そんなカンパニーハウスのラウンジスペースで、モリグナの三人が戻ってくるのを、寧人は一人で待っていた。
ソファーに座り、魔術を利用した冷蔵庫で冷やされた、フルーツティーを飲みながら。
数分前、汗と汚れをシャワーで落とし、普段着に着替えてくると言って、モリグナの三人はシャワールームへと向かった。
八卦温泉に行く前に、軽く汚れと汗を流して着替えるのは、モリグナの三人にとっては、いつものことなのだ。
「寧人君も一緒にシャワー浴びる?」
からかうような口調でシェイラに言われたが、当然のように寧人は断った。
「遠慮しときます。付き合ってもいない女と一緒にシャワーは浴びるなっていうのが、爺ちゃんの遺言なんで」
「寧人君の爺ちゃんは、遺言多過ぎだねー」
寧人は何かと、祖父の遺言を持ち出すことが多い。
中には本当の遺言もあったりするのだが、大抵は断る時などの方便として、持ち出しているだけである。
シェイラ相手にも、何度も祖父の遺言を持ち出している。
それ故シェイラに、「遺言多過ぎだねー」などと言われてしまうのだ。
シャワーを断った寧人は、ガラスのボトルに入っていたフルーツティーを、グラスに注いで飲みつつ、モリグナの三人を待っていた。
ラウンジの冷蔵庫の中にある物なら、好きに飲み食いしてもいいと言われたので。
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シャワーを浴び終える女を、一人で待っていたせいか、ふと……昔の彼女のことを、寧人は思い出してしまう。
夏芽が先に大学生となり、一人暮らしを始めてから、寧人は夏芽の部屋に、よく遊びに行っていた。
そういう時、シャワーが長い夏芽に、待たされることが多かった思い出が、寧人の頭に蘇ったのである。
夏芽とは違い、これからベッドを共にする相手を、待っている訳ではないのだが。
恋人関係が終わったとはいえ、寧人にとって夏芽は、深く付き合った相手なのだ。
ドラゴンが出現した日本にいる夏芽の安否が、気にならない筈がない。
無論、気になるのは夏芽だけでなく、日本に残して来た様々な人達の顔が、寧人の頭に浮かんでは消える。
皆が無事であるといいなと、寧人が思った頃合、シャワールームのドアが開く音がする。