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第83話 子供にしか見えない寧人に、ジーナさんが女にされたって聞いた時は、ホント驚いたよ

 本当に汗と汚れを洗い流すだけだったのだろう、寧人が思っていたより、シャワールームのドアが開くのは早かった。


(たぶん、バネッサさんだろうな、髪が短いし)


 ラウンジと繋がる通路に、シャワールームはある。

 足音がしたかと思うと、寧人の予想通りにバネッサが姿を現す。


 青い半袖のシャツにジーンズという、紅囍館でも何度か目にした、バネッサの普段着姿だ。

 サウダーデにも、ジーンズやカーゴパンツは存在していて、標準戦闘服の一部として扱われる程度に、冒険者には好まれている。


「さっぱりした! 寧人も遠慮しないで、汗流せばいいのに」


 ラウンジに現れたバネッサは、そう言いながら寧人の右隣に座る。

 ソファーが揺れて、スプリングが軋む。


 石鹸の香料が、仄かに香る。

 大雑把に整えられている髪は、まだ濡れているせいか、普段より髪が少なく見える。


「ここのシャワールームは、中に仕切りがあって、お互いの裸はあまり見えないから、男が一緒に使っても大丈夫だよ」


 バネッサは小声で、短く付け加える。


「まぁ、男と一緒に使ったこと……ないんだけど」


「あまり見えないってことは、少しは裸……見えるんだろうし、俺が使ったらマズいですって」


 寧人は恥ずかし気に、言葉を返す。


「第二キャンプの時にも思ったけど、寧人って……割と恥ずかしがりだよね。ジーナさん相手には、凄いことしてるって話なのに」


 バネッサの口調は、からかい半分、不思議さ半分といった感じだ。


「それは、その……」


 寧人は気まずそうに、言い淀む。

 超人詛咒のせいで、女性に性的な関係を迫られると断れないのだが、基本的には真面目な人間なので、付き合ってもいない女性相手に対し、寧人は一線を引くタイプである。


 彼女でもない女性の裸など、見てはいけないと思っているし、女性が口をつけた物を口にするのに、恥ずかしさを覚えるのだ。

 そんな自分の性格が、超人詛咒が発動している時の自分と、ギャップが有り過ぎることは、寧人自身も自覚している。


「子供にしか見えない寧人に、ジーナさんが女にされたって聞いた時は、ホント驚いたよ」


 どう言葉を返したらいいのか分からず、寧人は目線を泳がせることしかできない。


「……驚いたといえば、今日も驚かされたな。まさか、寧人が……俺よりも強いとはね」


「いや、バネッサさんの方が強いですって!」


 寧人の言葉は、謙遜では無く本音だ。


「いくら俺でも、あの大きさのゴーストドラゴンを、一人で秒殺することなんてできない。それができた寧人の方が、俺より強いに決まってる」


「あれは……まともに使いこなせていない力だから、俺の強さなんて言えるようなもんじゃないんで」


 気まずそうに、寧人は言い添える。


「具体的な話はできないんだけど、梁師にも使うなと言われてるし」


 口止めされているだろうことは察しているので、寧人がゴーストドラゴンを倒すのに使った力について、それ以上バネッサは問わない。


「ま、とにかく……今日は助かったよ。寧人には、何か礼をしないとな」


「いいですよ、礼なんて。俺も助けてもらったんだし」


「そうはいかないよ。あの程度じゃ全然、命を助けてもらった恩返しにはならないだろ」


 バネッサは言葉を続ける。


「寧人が助けてくれなければ、俺達は死んでいたけど、寧人は俺達が助けなくても、バウンサー連中が保護していただろうから、死にはしなかっただろう」


 あの時の状況であれば、バネッサの言う通り、モリグナが寧人を助けずとも、バウンサーの三人が寧人を助けていたのは、確実と言えた。

 聖術士のバウンサーが揃っていて、バウンサーはアガルタでは、可能な限り冒険者達を助けようとするので。


「つまり、俺達が受けた恩の方が、寧人に返した恩よりも大きいから、ちゃんと礼をしないと、気が済まないのさ」


「そんなの、気にしなくていいのに」


 モリグナの三人は寧人にとって、異世界での生活でできた、貴重な友人達なのだ。

 子供扱いされ、からかわれる時も多いが、気さくに会話の相手になってくれる、モリグナの三人には、寧人は精神的に、かなり救われている気がしていたのである。


 寧人としては、助けて当たり前の相手なので、バネッサの言い様は、大袈裟に思えたのだ。


「何がいいかな?」


 考え始めたバネッサは、すぐに何かを思い付いたようだが、らしくない照れた風な顔で寧人を見るだけで、その思い付きを口にできない。

 その思い付きは、実はバネッサではなく、シェイラの思い付きだった。


 アガルタで寧人が意識を取り戻すより前、モリグナの三人は寧人に何か礼をした方がいいと、既に話し合っていたのだ。

 その時、シェイラが冗談めかして口にした、かなり過激な思い付きだったのである。


 初対面の印象こそ悪かったが、寧人が真面目に働いている姿を、モリグナは目にしているし、真剣に修行を続けていることを、ジーナやヘルガから聞いていた。

 故に、すぐに寧人への印象はよくなったし、日常的に顔を合わせ話をするようにもなったので、モリグナの三人は寧人と友人となった。


 サウダーデの基準でいえば、子供っぽく見えてしまうが、日本にいた頃から、寧人は大人の女性からの受けはいいタイプだった。

 モリグナの三人も寧人を気に入り、子供扱いしつつも、弟分のように可愛がっていたのだ。




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