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第84話 助けてもらった礼を、寧人にしなきゃいけないなって話

 ジーナと寧人が関係を持った話を聞いてからは、寧人が子供ではなく、大人なのだと、三人は認識を一応は改めた。

 だが、三人からすれば、寧人が年下の男の子であることに変わりはないので、からかうネタが一つ増えた程度にしか、寧人に対するスタンスは変わらなかったのである。


 ただ、今日……寧人に助けられた結果、三人の寧人に対するスタンスが、変わり始めていた。

 他者に助けられる機会すら、滅多になくなった三人からすると、使えば戦えなくリスクがある力を使ってまで、寧人が自分達を助けてくれたことは、本当に嬉しい出来事だったのだ。


 結果として、モリグナの三人達の中で、寧人への好感度が、著しく高まった。

 高まった好感度のせいで、シェイラは過激な思い付きを口にしてしまい、寧人が意識を失っていた気楽さから、モリグナの三人は、それでいいんじゃないかと盛り上がっていた。


 だが、女同士で盛り上がりはしたのだが、さすがに寧人本人相手に口にするのは、簡単ではない類の思い付きだったのだ。

 それ故、バネッサは数秒の間、躊躇っている風な態度を取ってから、意を決したように口を開く。


「俺も……いや、俺達も……その……ジーナさんみたいに……」


 曖昧な言葉をバネッサが口にし始めた時、シャワールームの扉が開き、足音と共にシェイラとティルダが現れる。


「何の話してんの?」


 気楽なシェイラの問いかけに、バネッサは言いかけた言葉を飲み込むと、答を返す。

 二人の服装は、ほぼバネッサと同じだが、シャツだけが色違いであり、シェイラは黒、ティルダは白だ。


 二人共、バスタオルを首にかけている。


「助けてもらった礼を、寧人にしなきゃいけないなって話」


 バネッサの話を聞いて、シェイラとティルダは顔を見合わせる。

 シャワーの後のせいで、顔が少し上気しているので、分かり難いのだが、やや恥ずかし気に頬を染めている。


 寧人が意識を失っていた時にしていた話を、二人は思い出したのだ。


「あれ、話したの?」


 シェイラの問いに、バネッサは即答する。


「いや、まだ」


 話そうとはしたのだが、話す直前に二人が現れたので、バネッサは話し損なっていたのだ。


「いや、あの……ほんと礼とかいらないんで!」


 バネッサ相手の会話が、シェイラとティルダ相手に繰り返しになるのは、面倒だなと思ったので、寧人は立ち上がる。


「俺、外で待ってますから!」


 そう言い放つと、寧人は三人に背を向け、玄関に向かって速足で歩いていく。

 玄関のドアの開閉音を響かせ、寧人はドアの外に出る。


 玄関の外には、夕日に染まる庭が広がっている。

 庭には木が植えられていて、小さな池もあり、割と手入れが行き届いでいる印象。


 冒険者活動に必要な道具や、自転車などが仕舞われている倉庫も、庭に建てられている。

 倉庫の扉は開けっ放しになっているが、泥棒に盗まれたりはしない。


 聖術による結界や、魔術による罠が仕掛けられているので、見た目とは違い、厳重な防犯対策がとられているのだ。

 五つ星の冒険者が施した防犯対策を、突破できるような実力がある泥棒は、まず存在しないのである。


 門の近くで庭を眺めていると、鴉の鳴き声が、空の彼方から聞こえてくる。

 洞天福地で迎える夕方でも、良く耳にする鳴き声だ。


 この世界にも鴉はいて、夕方になれば町から山に向かって飛びながら、鳴き声を空に響かせる。

 異世界であっても、日本と変わらぬ夕暮れ時は、寧人を安心させるのと同時に、郷愁の感情を呼び起こす。


 異世界で出会った人々に恵まれたせいか、寧人は寂しさと縁遠い日々を過ごせている。

 それでも時折、ふと寂しさを感じる時がある。


 今が丁度、そんな時なのだが、寂しい時は……すぐに終わる。

 玄関のドアが開き、賑やかな三人が姿を現したせいで。


「……少し待ってて! 自転車出すから!」


 三人は倉庫に向かうと、自転車を押しながら戻ってくる。

 シティサイクルとオフロードバイクを混ぜたような、サウダーデでよく見かける、ゴツい自転車である。


 荷物の輸送に使う場合が多く、籠や荷台があるという意味では、シティサイクル風だが、舗装されていない道も多いので、オフロードバイク風の頑強さも備えられている。

 サウダーデでの需要に合わせ、作り出されて定着した自転車といえる。


 バネッサのが青、シェイラのが黒、ティルダのが白と、自転車の色もモリグナ三人それぞれの好み通り。

 自転車の前籠には、八卦溫泉に持って行く品々が入ったバッグが収められている。


 三人は自転車を押し、門の外に出る。

 そして、ティルダが寧人に声をかける。


「寧人は私の後ろね」


 外に出て来る前に、モリグナの三人は、誰が寧人を乗せて行くかを、ジャンケンで決めていた。

 結果、ティルダに決まったのである。


「俺は走って行くんで、乗せて貰わなくていいですよ」


「奥拉経路が完全な状態じゃないんだから、今は余り奥拉を使わない方がいいよ」


 治療してくれたティルダに、そう言われてしまうと、寧人としても断り難い。

 ティルダの自転車の荷台に、寧人は跨る感じで座る。


「揺れるから、ちゃんと掴まってね」


 ティルダに言われた寧人は、少し恥ずかしかったので、掴まるのを躊躇う。


「アガルタで背負って運んでた時と、大して変わらないんだから、今更恥ずかしがるようなことでもないんじゃない?」


 意識を失っていた時、寧人を背負って運んでいたのは、バネッサだけではない。

 ティルダやシェイラも、交代で運んでいたのだ。


 運ばれていた時、寧人は身体を三人と密着させていた。

 自転車の二人乗りの際、身体に掴まるのは、その時と大して変わらないのだから、今更気にするなというのが、ティルダの言い分である。


(ま、確かに今更か)


 ティルダの腰に腕を回し、寧人は掴まる。

 石鹸の残り香と、シャツの布越しに感じる体温に、寧人は心地よさを覚える。


 少し前、寂しい気分になっていたせいで、人肌が恋しくなっているのだろうと、寧人は思う。

 つい、ティルダの背中に、顔を埋めたい気がしてしまうのだが、さすがに実行はしない。


 抱き着かれる感じになったティルダは、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情を浮かべる。

 そんなティルダを、バネッサとシェイラは、少し羨まし気な目で見る。


「じゃ、行こうか」


 バネッサが声をかけ、自転車を漕ぎ出す。

 走り出した三台の自転車は、サウダーデの道を少しだけ走った後、サウダーデの外に出る。


 そして、東に向かって伸びている一本の砂利道を、洞天福地を目指して、三台の自転車は走って行く。

 風に踊るティルダの黒髪が、顔を撫でるのが、少しくすぐったいなと思いながら、寧人は自転車に揺られ続ける。



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