夕日に赤く染まる山の斜面の上を、屋形船が飛んでいる。
日本であれば奇異な光景となるが、洞天福地では日常的な光景だ。
八卦溫泉の客を乗せた
帶篷飛船は洞天福地の入り口たる牌楼を超えると、その北側付近にある泉に、ゆっくりと降下し、殆ど水しぶきを上げることなく、静かに着水する。
屋形船の中から、六人の客と一人の男性が下りてくる。
八卦溫泉は女性専用なので、男性は客ではない、武仙幇に所属する冒険者の寧人だ。
モリグナの三人が寧人を伴い、帶篷飛船に乗って上がってきたのだ。
他の三人の女性客達も常連客であり、モリグナや寧人とも顔見知りである。
帶篷飛船を下りた寧人とモリグナ達は、他の三人の客達と分かれ、牌楼の方に向かう。
三人の客は紅囍館に向かったのだが、寧人とモリグナは牌楼の近くにいた、夢琪とヘルガに用があったので、そちらに向かったのだ。
初めて帶篷飛船に乗った興奮は、すぐに冷めてしまう。
テストの結果が悪かったことを叱られる子供のような気分で、寧人は夢琪に歩み寄る。
夢琪達の前で、寧人達は立ち止まると、まずは挨拶をする。
寧人は抱拳禮を、モリグナの三人は会釈をする。
ほぼ同時に、夢琪とヘルガは抱拳禮をする。
まずは客であるモリグナの三人に、続いて身内である寧人に。
そして、気まずそうにしている寧人に、夢琪は渋い顔で語り掛ける。
「……まぁ、だいたいの事情は、ヘルガから聞いている」
夢琪の傍らにいるヘルガは、二十分程前に戻ってきたばかりだった。
寧人達を見失ったヘルガは、第一パブリックハウスに向かった。
寧人達が第一パブリックハウスに行った可能性もあるし、行っていないとしても、ゴーストドラゴンと戦っただろう寧人に関する情報は、手に入る筈。
そう考えたヘルガは、大雑把な事情は、冒険者達の会話を聞いて知っていたのだが、一応は第一パブリックハウスに行くことにしたのである。
第一パブリックハウスにおいて、ヘルガはカティアから、ゴーストドラゴンが倒された経緯について、正確な情報を入手。
その後、洞天福地に戻り、夢琪に報告した上で、共に牌楼で寧人を待っていたのだ。
「鬼龍相手の上での人命救助の為なら、責める訳にもいかないだろう」
「じゃあ、罰は?」
問いかける寧人に、夢琪は答える。
「……今回はなしだ」
安堵する寧人相手に、夢琪は付け加える。
「無事に戻れて何よりだよ」
そう言いつつ、夢琪は寧人に歩み寄り、寧人の
項に浮き出た一本の黒い線を目にして、夢琪の表情は険しくなる。
「俺の首が、どうかしたんですか?」
夢琪の行動の意味が分からず、寧人は問いかける。
「いや、氣の流れを確認しただけが、酷いもんだな」
そして、複雑な表情を浮かべた後、夢琪は寧人から離れて、モリグナ達の方を向く。
「君達にも面倒をかけたようだね、ウチの者を連れ帰ってくれて有難う」
「いや、面倒だなんて。むしろ助けられたのは、私達の方なんだし」
シェイラの言葉に、バネッサとティルダが頷く。
「……ただ、ちょっと寧人に関して、色々と気になることができちゃったんで、梁さんに訊きたいことが……」
そんなシェイラの言葉が終わる前に、バネッサが問いかける。
「率直に訊くけど、寧人が使った……あの変身する奴、何なの?」
色々と前置きをしてから、問いかけようとしていた、シェイラの段取りを無視し、バネッサは大胆に問いかけてしまった。
「本当に率直だねぇ」
少し驚きながら、夢琪は言葉を返す。
「回りくどいのは好きじゃないんだ」
涼しい顔で、バネッサは続ける。
「武仙幇が単独行動主義なのは知ってるけど、今回の俺達みたいに、他の冒険者達が成り行きで協力する場合もある。そういう時、隠しごとが多過ぎると、戦力や行動が計算できなくて、ヤバいことになりかねない」
バネッサの言うことは正論であり、夢琪も反論し難い。
「使えば戦えない状態になる欠点がある手段は、敵に知られたら隙になる。隠しておきたいのも分かるけど、もう俺達は……ある程度知っちゃった訳だし、隠しておくより教えてくれた方が、トラブルになり難いと思わない?」
考え込む夢琪に、今度はティルダが語り掛ける。
「これからも、アガルタで一緒になる可能性はあるんだし、寧人のこと……ちゃんと知っておきたいんですよ」
続いて、シェイラが夢琪に問いかける。
「私達が命の恩人になった寧人くんに、恩を仇で返したりするような人間に見えます?」
「いや、そうは見えないが……」
「だったら……梁さんは、もう少し私達を信用して、教えてくれてもいいと思うんだけど?」
モリグナの三人の言葉には、説得力があった。
三人との付き合いも、既に五年程になり、信用していい相手だと分かっているからこそ、他の常連客にはできないような話を、色々としたりもしている。
それに、陰陽寶珠と假面武仙に関しては、元から夢琪達も大っぴらに使っていた時期もあるので、秘密の存在ではない。
ただ、「使えば戦えない状態になる」寧人が、陰陽寶珠を持っていることは、バネッサの言う通り隙になる場合があるので、できれば隠しておきたかったのだ。
しかし、「使えば戦えない状態になる」ことを、既に知ってしまったモリグナの三人相手に、隠し続ける意味はないだろうと、夢琪は考える。
色々と考えてみた結果、夢琪は結論を出す。
「……分かった。教えられる範囲で、教えよう」
夢琪の返事を聞いて、モリグナの三人は喜びの表情を浮かべる。