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第31話 悪女は止まらない

「不貞の慰謝料だと!? ふざけるな!!」


 焦った様子のサイラスはカレンの両肩を掴もうと手を伸ばした。

 しかし、その手がカレンに触れる前にバチンッと大きく弾かれる。すかさずファウストがサイラスとの間に入り、カレンを背中に隠した。


「カレンに触れるな」


 ファウストは雷魔法を手にまといサイラスの手を弾き飛ばし、明確な殺気を向ける。重低音で放たれた言葉と、今にもわれそうな恐怖がサイラスを襲った。


「ファウスト、ありがとう。もう大丈夫よ」

「……後ろで守ってるから、存分に暴れていいよ」

「ふふふっ、ありがとう」


 カレンはファウストの気遣いが嬉しくて、心からの笑顔を向ける。それは今までサイラスにもミカエルにも向けたことがない表情で、ふたりの男は密かに衝撃を受けていた。


「では、サイラス殿下」


 一瞬で表情を切り替えたカレンは、見たことがないような冷たい表情でサイラスを見つめる。


「……俺が不貞していたという証拠もないのに、適当なことを言うな」

「あります」

「はあ!? いったいどこにそんな証拠が……」

「こちらです」


 カレンはファウストから先ほどの映像水晶を預かった。ファウストがしかめっ面のセトに遮音と不可視の結界を張ったのを確認して、魔力を流し込む。


 先ほどの映像の続きが流れはじめ、貴族たちは「まだ終わっていなかったのか」という表情で映像に注目した。


『あっ、サイラス様、もう無理です……ああん』

『無理じゃないだろう? いつもはもっとねだってくるじゃないか』

『だって、もう時間が……んあっ』


 逃げようとするメラニアを捕まえたサイラスは、背後から激しく求める。


『今夜は泊まっていけ。もっと注いでやる』

『嬉しいけどっ、本当に、カレンはいなくなりますか……?』

『ああ、俺が魔力を奪うから結婚式で死ぬだろう』

『その後は、あんっ、わたくしが妃になるのね?』

『そうだ。楽しみにしていろ』


 カレンはここで映像を切った。


 サイラスは不貞だけでなく、カレンから魔力を奪う計画があると話していた。不貞に加えて殺害計画では、どうやっても言い逃れで生きない状況だ。


 サイラスは証拠の映像と音声を流されて愕然としている。


「こ、これはお前らが捏造ねつぞうしたのだろう!」

「七賢者の名に誓って、そんなことはしていない」


 ファウストが即答して、サイラスの幼稚な言い訳は瞬時に潰された。すると、今度はカレンを怒鳴りつける。


「カレン! プライベートな空間を映すなと言ったではないか! 俺を騙したのか!?」

「プライベート空間は映しておりませんので、殿下の意向に背いてはおりません。私もこのような映像が写っているとは思わず、本当に驚きました」


 カレンは最初、音声が拾えたらそれを証拠にするつもりだった。元の計画でも明瞭な音声を拾うことは、事件が起きた際の解決の糸口になるため、その機能に期待したのだ。


「そうだ! なぜ、執務室のソファーまで映している!? ここはプライベート空間だろう!」

「執務室内に置かれたソファーが、ですか? こちらのソファーで来客の対応もされると思いましたが違うのですか?」


 何人かの貴族たちがモゾモゾとしている。おそらくサイラスがあのソファーで対応したのだろう。


 きっと屋敷に帰ってすぐさま入浴して、身を清めたいに違いない。その気持ちはよ〜くわかる。


「来客時もだが、少し休憩する時も使用するからプライベートな空間だ!」

「サイラス、口を閉じろ。執務室にプライベートな空間などない。カレン、続けてくれ」


 サイラスのあまりの呆れた言い訳に、国王が口を挟んだ。

 もう怒る気力もない様子で、国王からはいつもの覇気を感じない。サイラスの婚約者として然るべき対応をしてくれた国王だったので、それが本当に切なかった。


 それでも、サイラスが相応の処罰を受けるように、カレンは徹底的に罪を明らかにする。


「映像からもわかるように、ふたりが関係を持ったのは一度や二度ではありません」

「だ、だが、もうこの女とは終わったんだ。そもそも誘ってきたのはあの女だ! 俺が愛しているのはカレンだけだ!!」


 こんなに薄っぺらい愛があるのだろうか? いや、サイラスはこれまでカレンを愛したことなどないのだ。


 メラニアについても同様だ。性欲を発散できる相手がいたから不貞をした。ただ、それだけなのだろう。


 カレンはこんな男を愛していた自分が恥ずかしいとさえ思った。


「王族であれば跳ね除けることもできたはずです。彼女を、メラニア様を受け入れたのはサイラス殿下ではございませんか」

「そ……れは……」

「サイラス、黙れと言ったのがわからんか? お前には失望したぞ」

「…………っ!」


 国王の震える声が、サイラスに衝撃を与えた。


 国王とは常に胸を張り、民の前で弱っているところを見せないものだ。そのように教育されるし、実際にこれまで国王もサイラスも威風堂々とした立ち居振る舞いをしていた。


 その国王がたかぶる感情をこらえ、声を詰まらせている。


 サイラスの愚行は、それほどまでに国王の心を弱らせた。そして、その瞳にはあきらめと、悲哀と、決別の感情が渦巻いている。


 不貞だけなら、婚約破棄を受け入れて慰謝料を払い、しばらく謹慎するだけでもよかった。


 しかし、サイラスは先ほどの音声で、カレン殺害の計画まで口にしていたのだ。婚約者の魔力を奪い、その命まで毒牙にかけようとしたことは、さすがの国王でも見逃すことはできない。


 国王はこれまで民や臣下に法を順守するよう求めてきた。だからこそ、廃太子はもちろん、王族から除籍するくらいでないと貴族たちは納得しないだろう。


 たとえ国王にとってはかわいい我が子であったとしても、いや、かわいい我が子だからこそ厳しい処罰を求められるのだ。


 国王はすでにサイラスを切り捨てる決断をした。そのことに気が付いたサイラスは、その場で崩れ落ちるように膝をつく。


「カレン・オルティス。この件についてどのようにびたらよいのか……」

「それでは、私が聖女を辞任することを認め、サイラス殿下との婚約破棄と慰謝料の請求を受け入れてくださいませ」

「あいわかった。国王の名に誓って、必ずやサイラスに贖罪しょくざいさせよう」


 サイラスはカレンの魔道具研究所で働くことを許可しなければよかったと、激しく後悔した。


 そして、王族から抹消される未来を受け入れるしかないと悟ったのだ。


 だが、サイラスはどうしても納得がいかない。


 (なぜ俺だけが罰を受けなければならないんだ……! 不貞を犯したのは確かだが、カレンから魔力を奪う計画は俺が考えたわけじゃない)


 そもそも、この計画を持ちかけてきたのは、教皇だ。主犯とも言える人物は、聖教会の人間と一緒になって、サイラスが追い詰められたのを傍観しているだけだった。


 もしかしたら、いざという時は自分だけ逃げるつもりで、サイラスを実行犯にしたのかもしれない。


 そう思ったら、これまでの教皇の傲岸不遜な態度が甦り、沸々と怒りが込み上げてきた。


(いつもいつも、たかが教皇のくせに俺に偉そうに命令してきたのに、あいつだけ無傷でいるなんて許せない……! 俺が終りだというなら、絶対にあいつも引きずり落としてやる……!!)


 サイラスはもう失うものがないゆえに、恐れるものなどなにもない。ギラついた青い瞳を国王へ向ける。


「待ってください。俺も告発します」


 サイラスの発言によって、時が止まったように謁見室の空気が固まった。




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