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第32話 明らかになった陰謀

 国王も貴族も、枢機卿たちもいっせいにサイラスへ視線を向ける。ミカエルは微動だにしないで静観していいた。


 床に膝をついたままのサイラスへ国王が言葉をかける。


「なにを告発するというのだ」

「カレンの魔力を奪うよう計画を立てたのは、ミカエル・バルツァーです。つまり、俺の婚約者を殺害しようとした主犯は教皇なのです!」


 大きなざわめきが謁見室を包み、不躾ぶしつけな視線がミカエルへ向けられた。国王はこれを聞き息子が道を外れたのは教皇に唆されたからだと思い、抑えていた感情が爆発する。


「教皇! どういうことだ!?」


 国王は声を荒げてミカエルを問い詰めた。これが事実ならば、首謀者は実行犯以上の罪を犯したことになる。


 サイラスが道を踏み外す原因となった教皇への怒りは凄まじく、誰も口を挟める空気ではない。


 しかし、ミカエルは平静な様子で問いかけに答える。


「どうもこうもありません。サイラス殿下が魔力を高めたいとおっしゃいましたので、その方法を助言差し上げただけです」

「やはりすべての罪を俺に押し付けるつもりだったのだな!? あれはお前の指図で――」


 ミカエルは激昂するサイラスに冷ややかな視線を向けて、まるで用意していたような答えを返した。


「サイラス殿下。私の指示だとおっしゃいますが、明確な証拠はあるのですか? 魔力を取り込む方法をお伝えしましたが、命を奪えとまでは言っておりません」


 やはりミカエルは、責任をすべてサイラスに押し付けて逃げるつもりだったのだと、確信する。


「ふ、ふざけるな! お前が最初に計画を立てではないか! カレンの魔力を減らしたいと言っていたぞ!」

「ええ、確かに。カレンは私の宿命の片翼ですから伴侶にしたいと思ったのですが、魔力が強すぎて身体を酷使していたので調整したかったのです」

「…………っ!」


 サイラスはそこで言葉に詰まった。


 ミカエルが指示した手紙はすべて証拠隠滅のため処分してしまっているし、計画については口頭で聞いただけで文書として残っているわけではない。サイラスはあまりの悔しさにギリギリと奥歯を噛みしめる。


 だが、今度はファウストが黙っていなかった。


「カレンはお前の宿命の片翼ではない」

「……なにを根拠にそのようなことを?」

「根拠もなにもカレンがお前に心奪われていないのは明白だ。そのことが宿命の片翼でないことの証だろう」


 カレンがミカエルの宿命の片翼だと言われて、ファウストは真っ向からその意見を否定した。


 ファウストの反論は的を得ていて、ミカエルは思わず大声で怒鳴り返す。


「そんなことはない!! カレンは私の片翼なのだ!! 私たちは結ばれる運命にあり、これからも永遠の時を誓う伴侶なのだっ!!」


 一方的な所有宣言にカレンの我慢も限界だ。

 もうミカエルの機嫌を気にする必要もないし、カレンからもはっきりと現実を突きつけたい。


「いい加減にしてください。少しも心が動きませんので、私は教皇様の宿命の片翼ではありません。私の伴侶は自分自身で選びます。」

「カレン……! 違う、お前は私のものだっ!!」


 話が通じない相手にカレンの声も大きくなる。何度も拒否しているのに、どうしてここまで思い込めるのだろうか。


 ミカエルは時間が巻き戻っても尚、カレンに執着している。同じ経験をしたカレンは前回と今回の人生は違うと理解しているだけに、ミカエルの思考回路がさっぱり理解できない。


 会話にならないので、カレンはここでミカエルにも引導を渡すことにした。


「いいえ、私は教皇様のものではありません! それに、教皇様がサイラス殿下に指示を出していた証拠もあります」

「なっ……!?」


 カレンの発言でミカエルは驚愕の表情を浮かべる。ここまで急いで事を進めたのは、ミカエルに証拠がなくなったと気付かれ対策されるのを防ぐためでもあった。


 この時点で作戦は大成功だ。

 そこで魔天城に送った証拠を持ってきたリュリュが、数十羽の浅葱色の小鳥を空中に放つ。


「は〜い、これが証拠ね。えーと、この手紙なんかいい感じだけど?」


 リュリュは指先で子鳥たちを操り、国王の手元に三羽の小鳥を向かわせた。

 国王が手を差し出すと、小鳥たちは手のひらの上でポンッと音を立てて手紙へと姿を変える。


 国王はすぐに手紙を読みはじめた。


「こ、これは……! 明らかなサイラスへの指示書ではないか……! さらに、前教皇を追いやったのも、この男だったのか……!!」

「まさか……あの短時間で……」


 ミカエルは脱走したカレンたちを追いかけ、聖教会に戻ったところで枢機卿たちが呼び出されたことを知った。私室に戻る時間などなく、証拠が盗まれたことを知らないまま、異常事態だと察して同行してきたのだ。


 カレンを私室に残してマージョリーの相手をしているうちに、あの隠し部屋を見つけられたのだとミカエルはようやく理解した。


「さらに魔法で繋がった土人形ですが、証人を召喚できます」


 カレンがそう言うと、セトが小さな土人形を床に置く。土人形はケイティの姿へと変化して、やがて独りでに動きはじめた。


 ケイティにはリュリュが説明を済ませており、土人形と繋がるための魔石を手にして待っている状態だった。


 これらの具体的な計画を立てたのはサーシャで、いつも司令塔として辣腕を振るっている。


「ケイティ、お待たせ。貴女が見たものを話してくれる?」

「わかったわ。わたしはケイティ・ベンガルと申します。聖教会で聖女として過ごしていました。あの日、わたしは――」


 ケイティは地下牢に閉じ込められていたメラニアの魔力をミカエルが奪い、殺害したところを目撃した、とはっきり証言した。


 その遺体を処分する依頼書も、国王の手の中にある。


「元とはいえ、筆頭聖女になんて酷いことを!」

「いつらなんでも、そんなことを……人の心がないのか?」

「あんな男が教皇など、今すぐ退任させるべきだ……!!」


 貴族たちは口々にミカエルを責め立て、ざわざわと謁見室が騒がしくなる。ブルブルと震えていたミカエルはこらえきれずに叫んだ。


「黙れ! お前らのような低脳になにがわかる!?」


 ミカエルは外面を取り繕うことをやめて本性を現した。百本もの光の矢が空中に浮かび、謁見室は一瞬で緊張状態に陥る。


 だが、ミカエルは見くびっていた。


 この場にいる全能の賢者の実力を。


 ファウストは即座にカレンへ魔道具研究所と同等の結界を施し、同時にミカエルの光の矢を闇魔法の漆黒の矢で迎え撃った。


 ――ガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 寸分違わず矢が命中して、白と黒の火花が散るよう弾け飛ぶ。


 百本あった光の矢はことごとく消滅し、呆気に取られたミカエルをファウストが拘束の魔法で取り押さえた。


「ぐっ!」

「賢者相手に魔法で勝てると思ったのか?」

「馬鹿な……! 私はこれまで百人以上の魔力を奪ったのだぞ! それなのに、これほど――」

「お前は私利私欲のために魔力を奪っただけだ。そんなものに僕が研鑽けんさんを重ねてきた魔法が負けるわけがないだろう」

「くそっ……くそおおおおぉぉぉぉっ!!!!」


 ミカエルの地を這うような雄叫びが、静まり返った謁見室に響く。


 国王も貴族たちも、枢機卿たちすら、ファウストへ崇敬の念をこめて見つめている。そしてカレンへは労りと、暖かな眼差しを向けた。


「さすが全能の賢者だ。では、罪人たちの処分を言い渡す! サイラス・リトルトンは廃太子のうえ王族から除籍し、第二王子を立太子する! よって、カレン・オルティスを聖女から解任し婚約は解消、王家の不義があったことは明白ゆえ賠償金を与える!」


 サイラスはもう反抗する気がないのか、項垂れたまま国王の処罰を受け入れたようだ。


 国王がカレンの要望を全面的に受け入れ、賠償金として誠意を見せてくれたことですっきりとした気持ちになる。


「また、教皇が犯した過去の余罪も調査し、すべてを明らかにし前教皇の名誉を回復させることを国王の名において約束しよう。これらを踏まえ、ミカエル・バルツァーは公開処刑と処す!!」


 ミカエルは鬼のような形相でファウストを睨みつけていたが、騎士に引きずられるように姿を牢屋へと連れていかれた。


(これですべての決着がついたわ……! 私はやっと自由を手に入れた……!!)


 当初の目的は果たされ、これからは明るい未来が待っている。

 どんなこともできるし、どんなものにもなれる。

 カレンの行く先を制限するものはなにもない。

 この自由をどんなに望んでいたことか。


 空まで飛んでいきそうな喜びがカレンの全身に広がっていく。

 こうして真の自由を手に入れることができたのは、親友の存在があったからだ。いつもカレンに寄り添い、いつもカレンを大切にしてくれた。


 ファウストを見上げると、穏やかで優しい金色の瞳と目が合った。カレンは自然と学生の時のような屈託のない笑顔になる。


 そんなカレンを見つめるファウストは、まぶしそうに瞳を細めた。




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