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第33話 告げられた想い

 謁見室での断罪から一カ月が経った。


 王太子と教皇の不祥事は瞬く間に市井にも広がり、大きな衝撃を与えた。


 サイラスは平民として生きいくことになったが、つい先日すべての処理を終えてこの国から出ていったようだとリュリュがカレンたちに教えてくれた。


 ミカエルは余罪の解明もあり、処刑されるのは数年後になると聞いている。百人以上もの人間がミカエルに魔力を奪われ殺されていたのだから、それも仕方のないことだ。


 そして、ケイティもまた、新たな人生を始めようとしていた。


「私たちはずっと親友よ。ケイティが毎日笑って過ごせるように女神に祈るから」

「ありがとう。わたしもカレンの幸せを心から願ってる」


 王都にある長距離用の馬車乗り場で、カレンとケイティはきつく抱きしめ合う。


 あの聖教会で苦しい時も、楽しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、共に過ごしてきた。


(前回の人生では力になれなかったけど、今回は助けることができて本当によかった……)


 カレンの記憶では、ケイティは魔力を失って聖教会を去っていった。あの時はおそらくミカエルかサイラスに魔力を奪われたのだろう。


 ミカエルなら命まで奪っていただろうから、おそらくサイラスがカレンとの結婚式の前に練習したのかもしれない。


「落ち着いたら手紙をちょうだいね。魔道具研究所に送ってもらえれば、私に届くから」

「うん、カレンも手紙を送ってね。もし、わたしの田舎に来ることがあったら街を案内するから」

「ふふっ、じゃあ、近いうちに遊びにいくわ」

「嬉しい! 待ってるからね」


 ケイティは今回の事件で両親がひどく心配したので、田舎に戻ることに決めた。離れ離れになってしまうのはさびしいが、カレンはなによりもケイティの幸せを願っている。


 馬車に乗り込んだケイティに、カレンは大きく手を振った。ケイティも走り去る馬車の後方から手を振り返す。


 お互いに見えなくなるまでずっと手を振り続け、笑顔でケイティの出発を見送ることができた。


「……カレン、大丈夫?」


 馬車が見えなくなってもしばらく佇んでいたカレンに、ファウストが優しく声をかける。


 見送りが終わるまで少し離れたところで待っていて、カレンの気持ちが落ち着いたタイミングを見計らってきてくれたようだ。


「うん、大丈夫よ。ファウスト、ありがとう」

「……こんなタイミング言うのもどうかと思うけど、少し時間をもらえる?」

「ええ、もちろんよ」

「じゃあ、場所を移そう」


 そう言って、ファウストはカレンをそっと抱きしめて転移魔法を発動した。




 転移が終わった気配を感じ取り、カレンはそっと目を開けた。


 眼前に広がるのは、天にも届きそうな大木。この大木を囲うように貴族学園の校舎が建てられている。


「うわあ、懐かしい……!」

「僕とカレンが初めてあった場所だから」

「あ、そういえばファウストに初めて声をかけたのがここだったわね」


 カレンの脳裏に無表情で佇むファウスト姿が甦った。同級生に揶揄われていても相手にせず、見事な結界を張ってジッと耐える幼いファウスト。


 カレンはこの時からファウストに魔法の才能があると思っていた。転移魔法を使いこなし、わずか十歳であんなに完璧で美しい結界を張れる同級生なんて他にいない。


 この子と仲良くなりたいと思ったカレンは、あの日勇気を出して意地悪な同級生を追い払った。


 それが、カレンとファウストの始まりだ。


「僕は、あの時からカレンだけなんだ」

「……? 私だけ?」


 カレンはファウストの言わんとしていることがよくわからない。


 いつもはこんなことがないのだが、カレンを見つめるファウストの金色の瞳があまりに真っ直ぐでドキンと心臓が波打つ。



「カレン、僕は君を愛してる。ずっとずっと君だけを」



 それは思いもよらない、ファウストの告白で。

 一瞬、カレンの思考は完全に停止した。


 でも、その言葉が嘘じゃないことはカレンが一番よくわかっている。

 ファウストは絶対にこんな嘘をつかない。

 いつも真実を告げて、真摯に現実と向き合っているのだ。


 それに、ファウストは以前『結婚したい人がいる』と言っていた。


(――ちょ、待って。待って待って待って! じゃあ、あの時の結婚したい相手って……私のことだったの!?)


 ファウストを異性として感じたことはあったけれど、それが恋心かと聞かれてもよくわからない。


 カレンの中でファウストはかけがえのない親友で、恋愛対象として見たことがなかったからだ。


 もちろんファウストが嫌いなわけではないが、この場でどう答えたらいいのかカレンは思い悩む。


「ファウスト……」

「僕と結婚してください」


 プロポーズの言葉と共に、ファウストの瞳と同じ色の宝石が装飾された指輪を差し出した。


 キラキラと太陽の光を浴びて輝く宝石は、ファウストの瞳と同じくらい美しい。


「結婚……」


 しかし、突然のプロポーズにカレンは固まってしまった。

 前回の結婚式の記憶が走馬灯のように脳裏を掠め、カレンの心臓はギュッと掴まれたように苦しくなる。


 そんなカレンの様子を察知したファウストは、断れるのが当然という様子で苦笑いを浮かべた。


「やっぱり僕が相手じゃ難しいよね」

「そういうわけじゃないんだけど……ちょっとトラウマになってて」


 そう、カレンにとってファウストは大切な存在であることに変わりはない。

 ただ、結婚というシステムが受け入れられないだけなのだ。


「わかった。じゃあ、契約結婚にしよう。実は書類も用意してあるんだ」

「え? え?」


 ところが、少しもダメージを負っていないファウストは、胸元からバサッと書類を取り出した。


「これは期間限定のもので、カレンの立場を確固たるものにするまでの契約だよ。たとえば……カレンが賢者になるまでの」

「は!? 私が賢者!?」


 さらに驚きの発言をするファウストに、カレンはすっとんきょうな声をあげる。


「うん、そうしたら相手が王族でもプロポーズを跳ね返せるし」

「まあ、確かに?」


 ファウストの説明はもっともだ。


 賢者は王族と対等の特別な存在で、なにかを強制されたり、命令されたりすることがない。

 どんな相手でも、毅然と振る舞い拒絶することができる。


 カレンが納得しかけたところで、ファウストは怒涛どとうの勢いで話を進めてきた。


「じゃあ、期限はカレンが賢者になるまででいいね。もし途中で嫌になったらいつでも契約を解除するし、本当に無理強いするつもりはないから安心してほしい」

「う、うん」

「よかった。それじゃあ、ここにサインして」


 ファウストに促されるまま、カレンはサインをしてしまう。

 ハッと我に返った時にはすでに時遅く、書類はファウストの胸元に大事そうにしまわれた後だ。


 ファウストはとろけるような満面の笑みを浮かべて、カレンを抱きしめる。


「これで、カレンは僕の妻だね。契約期間中も大切にするから」


 ファウストの熱い指先がカレンの頬を撫でる。ゾクゾクする感覚がカレンの背中を駆け上がり、早まったことをしたかもしれないと思ったが、すでに後の祭りだった。




     * * *




「陛下! き、緊急の知らせでございます!」


 サイラスを除籍しすべての処理を終えた国王は、駆け込んできた高位文官へ視線を向けた。


 読みかけの書類を机上へ置き、「何事だ」と短く訊ねる。


「ミカエル・バルツァーが脱獄しました……!」


 先日極刑を言い渡した大罪人だ。教皇になるほど魔力が多く有能だったが、その本性が醜悪すぎた。


 そのミカエルが脱獄したと言う。


「それは誠か! いつの話だ!?」

「はい、昨夜までは確かに独房で姿を確認したそうですが、今朝看守が見回った時にはもう……」


 国王はギュッと固く拳を握った。


(あの男を放っておくわけにはいかん……! あれほど邪悪な男は絶対に我が国に悪影響を及ぼす……!)


「直ちに魔天城へ知らせを送れ! 賢者たちの協力が必要だ……!」


 国王は終わりを見せた事件がさらに大きくなる予感がして、女神の加護を祈った。




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