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第39話 深まる疑惑と闇に染まる男

 結局、ファウストと話しても、カレンの不安は解消されることなく、ますます悶々もんもんとする気持ちを抱えることになった。


 だが、模擬試験の日時は近づいているし、準備をしないわけにもいかない。いかない顔で衣装の店に入ると、レイドルとサーシャが買い物をしていた。


「あら、カレン?」

「あ……サーシャ様。レイドル様」


 カレンは取り繕うように笑ったが、サーシャとレイドルに一瞬で見抜かれてしまう。


「おい、なにかあったのか? 顔色が悪いぞ」

「そうよ、具合が悪いなら家まで送るわ」

「体調不良ではないので大丈夫です」


 なんでもないとカレンは伝えるが、サーシャはそれで引かない。


「とても大丈夫には見えませんわ。悪いようにはしませんので、話をしてくださらない?」

「でも……」

「拒否は認めませんわ。ここでは賢者の言うことは絶対ですのよ」

「わかりました……少し長くなるかもしれませんので、どこかお店に入りましょう」


 サーシャの温かくも力強い言葉に負けて、カレンは悩み事をふたりに話すことにした。


 近くにあった店に入り、お茶を飲みながらカレンは最近の出来事を説明する。


 ファウストがしばらく忙しくしていて、話す時間も取れないこと。魔道具屋のエリアで美女と腕を組んで歩いていったこと。それを聞いてもはぐらかすようにして、詳しく説明してもらえなかったこと。


 カレンはなるべく感情的にならないようにしながら、すべて打ち明けた。


「ふうん、魔道具の調整ねえ……ファウストが最近なにかしているようだったけど、詳しくは聞いていないわね」

「まさか、ファウストがカレンさんを裏切るとかないと思うが」

「そうね。愛が重くて引くほどカレン様を大切にしているのは間違いないわ」

「じゃあ、どうして……」


 ファウストはカレンになにも話してくれないのか。地の底まで落ちそうになる気持ちで俯く。


 ファウストはこれまでずっと誠実で正直だった。だから契約とはいえカレンと結婚している以上、他の女性に気持ちを向けるようなことはないはずだと思いたい。


 でも、カレンの脳裏にはサイラスの裏切りの記憶が生々しく甦り、どんなに振り払っても嫌な思考が消えてくれない。


「これは調べる必要がありそうね」

「うん、仲間が困っているなら協力するしかないだろう。それにファウストのことも心配だしな」

「あっ、それならリュリュ様に頼んだらいかがでしょう?」


 いつもなにかあったら遠慮なく声をかけてくれと言われていた。風魔法は応用も効くので、どんな場面でも活躍する万能魔法でもある。


「リュリュは先週から帝国に商売に行ってるから、しばらく戻ってこないのよ。でも安心して。わたくしが策を練るわ」

「サーシャ様……ありがとうございます」


 サーシャはカレンを安心させるように優しく微笑む。そして、ニヤリと笑いどす黒い笑みを浮かべた。


「まずは、ファウストの行動パターンを把握する必要があるわね」


 こうしてカレンはサーシャとレイドルの協力を得て、ファウストの事情を探ることにした。




     * * *




 ミカエルの意識は闇の中をぼんやりと漂っていた。


 身体中にまとわりつくような、黒い霧が気持ち悪い。どんなに振り払おうとしても身体がぴくりとも動かず、そんなミカエルに魔神の声が届いた。


《――これで血の盟約は結ばれた》

(ああ、魔神か? では、これで私の願いが叶う……)


 だんだんと、はっきりしてくる意識の中でミカエルは歓喜に震える。


《決して約束を違えることはできない。覚悟せよ》

(覚悟? そんなものとっくにできている。カレンを見つけた、あの時に……)


 貴族学園でカレンと出会った時に、ミカエルはこの女と未来永劫えいごうを共にすると決めた。

 それを覚悟しろと言われたところで、今さらだ。


「はっ!」


 ミカエルの意識がはっきりと覚醒する。


 つい先ほどまでは暑さに苛立ち、むせかえるような草木の匂いがしたのに、今はなにも感じない。


 目の前にはあの大きな壁があり、その前で倒れていたようだ。壁だと思っていたのは石碑で、文字が赤く光っている。


「これは……古代文字か?」


 石碑には、ここは魔神デーヴァが眠る神殿で、血を捧げたものが魔神と契約できると書かれていた。


 契約には願いの大きさに応じて相応の対価が生じるとも。


「血を捧げ……なるほど、では私は見事、魔神と契約を果たしたようだ」


 頭の中に響いたあの声は魔神のもので違いないだろう。意識が戻る前も『盟約は結ばれた』と言っていた。


「私が望んだものは……ああ、そうだ。『カレンを手に入れられる圧倒的な力』だ」


 落ち着いてミカエル自身の身体を確認すると、喉の渇きも飢えも満たされて、傷もすっかり癒えている。


「今までとは違う……魔力が内側からあふれてくるようだ」


 たとえ他者の魔力を奪っても、こんな風にあふれるほどの魔力を経験したことはなかった。明らかな変化にミカエルは自分がどれほどの力を手にしたのか、武者震いする。


「試してみるか……」


 漆黒の霧がミカエルを包み、身体からあふれる。聖魔法は使えなくなったが、闇魔法が使えるようになったようだ。


「なるほど。だが、聖魔法に未練はない」


 少々使い勝手が違うが、しばらく使えば慣れるので問題はないだろう。


 ミカエルは最初に魔神が眠っていた遺跡に攻撃を仕掛けた。

 もし今後、誰かがこの遺跡を見つけて魔神と契約したら面倒だとミカエルは考えたからだ。


(魔神デーヴァと契約するのは私だけで十分だ)


 漆黒の霧が刃になって、周囲の岩を切りつけた。やがて強度を保てなくなった岩土がミカエルの頭上に降り注ぐ。


 ほんの一撃で遺跡は崩れ落ち、古代文字が浮かび上がった石碑も消え去った。


 瓦礫の中から黒い霧に包まれたミカエルが浮上し、背中に三対の禍々しい黒い翼がついている。地上に降り立つとミカエルの背中の翼は黒い霧になって霧散した。


「はは……ふはははは! 素晴らしい!」


 ミカエルは魔神が与えた力に酔いしれる。


「だが、少々時が過ぎたようだな。今は……冬か?」


 辺りを見渡すと木々は葉を落とし、枝が剥き出しになっている。吹きつける風は冷たく、動物の気配もない。


 どうやら魔神の力を得る代わりにしばらく眠っていたようだ。


 これほどの力を身体に馴染ませるには、相当の時間が必要だったと言うことか、とミカエルは分析する。


 そんなミカエルに魔神デーヴァが釘を刺すように語りかけた。


《――神の約束は絶対だ。忘れるな》

「ああ! 忘れないさ。これでカレンを手に入れられる……! カレンは私のものだ……!!」


 深淵の森にミカエルの高笑いが響き渡った。




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