ファウストはあまりにも自分のことでいっぱいになり過ぎていたと猛省した。
魔道具開発については当分の間、キアラが単独で進めてくれることになっている。
ファウストがまともに部屋に戻っていないと知らなかったキアラは激怒し、むしろしばらくカレンのそばにいないと魔道具開発はさせないとまで言われた。
そこでファウストは一旦リュリュを頼り、これまでのカレンの周囲で起きた出来事を調べてもらう。そこで聞いた事実に、抑えきれない殺気が漏れた。
(……カレンに無理やり迫るとか、殺されたいのか?)
手にしていた報告書を思わず灰にしてしまうほど、ファウストは感情が荒ぶる。
「おい! 殺気がダダ漏れてるって!」
「ああ、仕方ない。ロニーがそんな人間だったなんて思わなかったから。こんなことならあの時ミンチにしておくべきだった……」
「あの時っていつだよ!?」
確かに、遺跡調査から戻ってきたロニーと対面した時に違和感はあった。
だが、闇の賢者は七賢者の中でも特に精神が強い。あらゆる催眠や魅了、服従系の魔法に対する抵抗力が随一だ。
それにカレンに久しぶりに会えて嬉しかったのもあって、ロニーのことはあまり気にしていなかった。
「やっぱり、今からミンチにするか」
「頼むからやめてくれ! カレンさんが困るだろ!?」
カレンの名前が出てきたことで、ファウストの殺気はスルスルと治っていく。
「……うん、それもそうだね。今はやめておく」
「今だけじゃなく、ずっとやめておいてくれ」
リュリュの言葉で冷静さを取り戻し、さらに調査を進めるべくファウストは四羽の浅葱色の小鳥を空に放った。
カレンが倒れて三日経つが、毎日二十時間近く眠りについている。これは魔力を回復させるための反応で、ファウストはカレンが眠っている間にさまざまな用事を済ませていた。
いつカレンが目覚めてもいいように食事を作り、風呂に入るといえば水魔法と炎魔法で瞬時にお湯を張って、カレンが好きな果実水を切らさないように注意を払っている。
日に日に顔色が良くなり、起きている時間も少しずつ伸びてきた。
ファウストは用事を済ませた後は、ずっとカレンの隣で過ごしている。カレンが目覚めた時に寂しがらないように、ベッドサイドにいるのだが。
「……ファウスト、いる?」
「うん、いるよ」
「よかった……まだ、行かないでね」
ふっと目覚めたカレンは不安そうに周りをキョロキョロと見て、ファウストが声をかけて手を握るとふにゃっと笑ってかわいいわがままを言う。
「わかった。カレンがいいって言うまでそばにいる」
「ふふ……ありが……と……」
「………………っ!!」
時折目を覚ましては、ファウストを探して甘えてくるカレンがかわいすぎて悶絶しまくっていた。
(いやいやいやいや、カレンが僕に甘えてくるなんて前代未聞なんだが!? こんなかわいい生き物がいるなんて知らなかった……!!)
カレンの世話を焼いているだけでも幸せなのに、こんなに求められて夢じゃないかと思う。
カレンの銀糸の髪をひと束掬い上げ、そっとキスをした。
本当は柔らかな頬に、その唇に触れたい。でも寝込みを襲うのは反則だと思って、込み上げる劣情をなんとか抑えている。
(この魔力量なら賢者として問題ないし、倒れた時に操っていたのが特級魔法なら本試験も問題ないだろう。それなら、カレンがちゃんと目覚めたら……デートするのもいいかも)
幸いなことに、カレンの世話をしている間は義手や義足に問題が起きていない。
カレンがいるおかげなのか、いつもは重だるい身体も以前と変わらない感覚で動ける。
このまま身体が崩れていくのが止まってくれたら、とファウストは願った。
* * *
その頃、ファウストから手紙を受け取り会議室へ集まった賢者たちが、リュリュの報告書を読んで唸っていた。
丸いテーブルを囲うようにリュリュ、マージョリー、セトが椅子にかけている。空いている椅子は二脚で、サーシャとレイドルも来る予定だ。
最初に口を開いたのはマージョリーだった。
「ねえ。ロニーって、いつの間に女性恐怖症を克服したの?」
「さあ? 魔神の調査でなんかあったんじゃねえの」
リュリュは適当に返答をする。思い当たることがそれしかないし、ロニーは一年中遺跡調査で魔天城にいないのだ。外の世界でなにが起きたかまで調べるのは、並大抵のことではない。
「え! もしかして魔神と契約して克服したとか!?」
「それはないと思う」
マージョリーがハッとして妄想を膨らませるが、セトが即座に否定する。
がっくりと項垂れたマージョリーは口を
「でもさあ、わたしにすら恐怖して噛みまくりだったのよ? そんな男がいきなりカレンちゃんに言い寄るなんておかしくない?」
「マージョリーは恐ろしいからな」
「はあ?」
ポソッと呟いたリュリュのひと言に、マージョリーは全力の魔力で圧をかける。「そういうとこだって」とさらにリュリュが突っ込み、マージョリーのアッシュブロンドの艶髪がゆらりと揺れた。
「でも、たまにロニーじゃない魔力を感じる時がある」
だが、セトの言葉でふたりはぴたりと動きを止める。
セトの土人形はこの魔天城でさまざまな役割を果たしている。
たとえば、風魔法が使えない魔法使いたちの手紙や、取り寄せた品物を部屋まで届けたり、魔天城の食堂から食事を運んだり、魔天城を隅々まで掃除したりしていた。
そしてセトは土人形を介して、周囲の様子が伝わってくる。
つまり、魔天城内での異変に、いち早く気付くことができるのだ。
「それって……」
「……レイドルに報告が必要だな」
マージョリーもリュリュも、セトの能力をよくわかっている。だからこそ、この情報が重要なものだと理解できた。
「遅くなって悪い。サーシャはこの後来る……って、なにかわかったのか?」
レイドルが部屋に入ると、三人から緊張感が漂っている。人の機微に聡いレイドルはすでに進展があったのだと察した。
「レイドル。もしかしたら、もしかすると、ロニーがロニーじゃないかもしれない」
「……どういうことだ?」
リュリュの言葉にレイドルは眉を寄せる。謎かけみたいな言い方がいつものリュリュらしくない。
「あのね、先に報告書を読ませてもらって話してたんだけど、セトがロニーから違う魔力を感じたって言うの」
「ボクは仲間の魔力は覚えているけど、絶対にあの魔力はロニーじゃなかった」
レイドルは
「つまり……何者かがロニーのふりをしているってことか?」
次の瞬間、水魔法で部屋全体に不可視と防音の結界が張られ、レイドルは背後を振り返る。
扉を背にして悠然と佇むサーシャが見惚れるほど優雅な仕草で腕を組んだ。
「ロニーが偽物かもしれないですって? ふうん……いったいどういうことかしらねえ?」
サーシャとて賢者になって、苦楽を乗り越えてきた仲間を大切に思っている。
その仲間を愚弄するような輩がいると聞き、悪魔も逃げ出すような黒い笑みを浮かべた。