カレンが万物の秘薬について調べはじめて、二週間経った頃、懐かしい人物から手紙が届いた。
「ケイティからだわ……!」
聖教会でカレンにとてもよくしてくれた親友だ。
ミカエルの裏の顔を知り牢屋に入れられてしまったが、悪事を暴いて家族が住むドーランという街へ帰っていった。
すぐに手紙を読むと、【今度結婚するから式に参列してほしい】と書かれている。
「ケイティが結婚……!!」
相手は幼なじみで、ケイティのことがずっと好きで忘れられず、田舎へ戻った瞬間にプロポーズされたらしい。
「まあ、ケイティなら納得だわ。あんなに素敵な女性は他にいないし」
「カレン。すごく嬉しそうだけど、なにがあったの?」
夕食の仕込みを終えたファウストがカレンを背中から抱きしめて、優しく訊ねてきた。
「あ、うるさくしてごめんなさい。元聖女の親友が結婚するの」
「親友……ああ、ケイティだったよね」
あまり話題にする機会がなかったのにファウストがケイティの名前を口にしたので、カレンはその記憶力に感嘆する。
「そう、そのケイティに結婚式に招待されたのよ」
「そうか、それなら参加しないとだね」
「えっ、行ってもいいの?」
「もちろん。カレンの大切な友人だから」
今は一刻も早く、万物の秘薬の作成方法を調べなければいけないというのに、なんてことがないようにファウストは参列していいと言ってくれた。
そんな風に大切されているだけで嬉しくてたまらない。
「ありがとう。でも、いいの。ファウストのことをちゃんと話せば、ケイティならわかってくれるわ」
「カレン……」
ケイティに状況を説明する手紙を書いて、話はそれで終わるはずだった。
しかし、再びケイティから手紙が届き、万物の秘薬について書かれていた。
「万物の秘薬は〝月露の雫〟というの……?」
「カレン、どういうこと?」
「ケイティの手紙にお母様の出身地に月露の雫という特別な回復薬があって、村に伝わる秘伝の薬だと書かれているの。しかも、ケイティを助けたお礼にわけてくれるって……!」
まるで女神が采配したかのような巡り合わせに、カレンは涙がこぼれそうになる。
これまでの苦労はこのためにあったのかと思えた。
「……本当に?」
「うん、結婚式までには準備ができるだろうから、ぜひ……参列してほし……」
最愛の人を救える、そう思ったら喜びが込み上げてカレンの目尻に涙がにじむ。
声が震えて最後まで話せないカレンを、ファウストが優しく抱きしめた。
「またカレンに救われた」
「これで、ずっと……ずっと一緒にいられる?」
「うん、ずっと一緒にいられるよ」
目尻に浮かんだカレンの涙をファウストは指先で拭い、そっと口づける。
ケイティの結婚式は三カ月後だ。
カレンは賢者たちに月露の雫について話し、ケイティの結婚式に夫婦で参列することにした。
リトルトン王国の西に位置するドーランは、人口約二万人のほどの小さな街だ。
カレンが風魔法を使い、魔天城からリトルトン王国の地に下りて、そこからは馬車で移動してきた。
「ここがドーラン……素敵な街ね」
「うん、山の麓だから自然も豊かで、のんびりしていていい街だね」
一週間に及ぶ移動は新婚旅行気分を味わえて、カレンにとってはあっという間に感じる。
木枯らしが吹く秋の終わりなので、濃紫のローブがなければ寒さに震えていたのは間違いない。
(温度調節もついているなんて、このローブは本当に優秀よね……)
ケイティの結婚式の前日に到着したカレンたちは、宿屋で一晩過ごした。
翌朝、カレンは淡い紫の生地に黄色の花かざりがついたドレスを着て、ファウストは黒いジャケットとパンツに紫と黄色のハンカチーフを胸元に差している。
フォーマルな装いの上に、濃紫のローブをマントのように羽織れば賢者の正装だ。いつ、いかなる時も賢者としての誇りを忘れぬよう、常に着用を義務付けられている。
準備を整えたカレンたちはケイティが挙式する聖教会へと向かった。
聖教会の大聖堂にはすでに参列者が集まっていて、カレンとファウストが姿を見せると場内がざわついた。
「え、あれって賢者様……?」
「嘘、本物だ……!」
「すごい、賢者様がふたりもいる!」
「うわあ、どうしよう、握手してもらえるかな?」
カレン自身が賢者として注目されるのが初めてなので、落ち着かなくてソワソワしてしまう。
「カレン、大丈夫だよ。いつも通りにしていればなにも問題ないから」
「でも……こんな風に注目されるの初めてで、慣れないわ」
「照れてるカレンがかわいい」
突然の愛情表現にカレンはカーッと頬が熱くなった。
「こ、こんなところで……!」
「僕はいつでもどこでもカレンを褒めたいし、愛を囁きたい」
「……もう、お願いだから黙って」
そう言って頬を染めるカレンがとても初々しくて、ファウストは優しげな微笑みを浮かべる。
そんなふたりの仲睦まじい様子を見ていた参列者たちは、胸がほっこりと温かくなった。
参列者が全員揃い、ついにケイティの結婚式が始まる。
パルプオルガンの音色が聖堂に流れ、新郎が入場してきた。女神グレアの像の前で振り返り新婦を焦がれるように待つ。
少ししてケイティが父にエスコートされて入場してきた。純白のドレスを見にまとい、キラキラと輝いていてとても美しい。
(ケイティ……綺麗だわ)
親友の晴れ舞台をこうして見ることができて、カレンは心から喜びを噛みしめている。
ふたりは女神の前で互いを大切にすると誓い、口付けを交わした。
(私もいつか、ファウストとこんな結婚式がしたい……)
その願いは夢物語ではない。
ファウストを助けるための材料は、もう直ぐ揃う。
カレンは親友に心からの祝福を送ったのだった。
そうして結婚式は無事に終了し、カレンたちはケイティから呼び出されて控室へと向かう。
控室に入ると、すでにドレスから着替えたケイティが母と並んで待っていた。
「ケイティ、本当におめでとう。ふたりの幸せをずっと願っているわ」
「カレン、今日はこんなところまで来てくれてありがとう。それと遅くなったけど、賢者合格おめでとう!」
「ふふっ、ありがとう」
カレンとケイティは久しぶりの再会で、満面の笑みを浮かべる。本当はもっとたくさん話したいことがあるから、カレンは改めてケイティに会いに来ようと決めた。
「ファウスト様もご参列いただきありがとうございます。あの時は助けていただき本当に感謝しております」
「いや、貴女はカレンの親友だったから……当然のことをしたまでだ」
「ですが、そのおかげで娘の命は救われ、こうして幸せな結婚をすることができました。これはほんの感謝の気持ちでございます」
そう言って、ケイティの母ティルダがファウストにそっと小瓶を差し出す。青くて小さな小瓶には並々と透明な液体が入っていた。
「これが月露の雫という秘薬でございます。使用後は回復のため一度
「ありがとう……ございます」
わずかに震える手でファウストが受け取る。
これで後遺症が治るのか、失われた手足や眼球も治るのか、カレンは一刻も早く試したい気持ちに駆られた。
だが、昏睡状態になってしまと身動きが取れなくなる。安全を確保しないまま月露の雫を口にするのは非常に危険だ。
「ファウスト、早く魔天城に戻ろう」
「うん、そうだね。魔天城に戻ったらこれを飲もう」
ファウストもカレンの意図を察したのか、大きく頷く。
「カレン、帰りは気を付けてね。最近、この辺の村がいくつも消えているの。人攫いか魔物の大群か……とにかく危ないと思ったらすぐに逃げてね」
「心配してくれてありがとう。これでも賢者だから大丈夫よ」
「ふふっ、そうね……それなら、また会いに来てくれる?」
「もちろん! また会いに来るわ」
カレンはケイティと再会の約束をして、ドーランの街を後にした。