ファウストの後遺症の症状は
賢者たちはそれぞれ情報を集め、この日は会議室で発表し合うことになっている。
カレンはキアラから聞いた男の話を報告した。
「魔天城から西にある田舎町に、失った足が元に戻ったという男の話を聞きました。万物の秘薬を飲んだら元に戻ったそうです」
もし、これが本当なら、ファウストが失ってしまった身体を元に戻すことができるかもしれない。
「へえ、万物の秘薬か……似たような話を聞いた者はいるか?」
「それだけど、トレンド山周辺に似たような話があった。手を失った少女が秘薬を飲んで元に戻ったとか、魔物に襲われて子供を
レイドルの問いかけにリュリュが答える。そこまで黙って聞いていたセトが、口を開いた。
「この本を読んでほしい」
「これ……!」
タイトルは『神の涙』となっている。先ほどは詳しく話さなかったが、確かに足を元に戻した男の話で、『神が涙を流し』というフレーズが出ていた。
「二五八ページの十行目」
カレンは本を開いてセトが言ったページを開き、声に出して読んだ。
「純真たる想いで祈りを捧げれば、神は心打たれ涙をこぼす。それが恵みの雨となるのだ。恵みの雨は心と身体を満たし、生命に輝きを与える。そしてその者が失ってしまった大切なものを元に戻した」
その内容がキアラから聞いた話と同じで、カレンはわずかな希望を見出した。
「万物の秘薬に、人体を再生させる効果があるのは間違いないようね。カレンとリュリュは引き続き万物の秘薬について調べてくもらえる? あとは魔力回路の治療ね……」
「あ、それならわたしが聖教会で調べてきたわ」
そう言って、マージョリーは説明をはじめる。
「傷ついた魔力回路を修復するためには、親和性の高い魔力を流して少しずつ傷を塞ぐ必要があるの」
「魔力を流すというのは……聖魔法で治癒するようなものか?」
魔力回路が傷つくことは滅多にないため、その治療方法は知られていない。マージョリーの話にレイドルが問いかけた。
「それとはちょっと違うのよね。聖魔法の治癒はあくまでも肉体的な損傷を治すためのものなの。魔力回路を修復するためには、相手の粘膜を介したり、直接触れ合ったりして、相手に直接自分の魔力を流し込まないと駄目なのよ」
詳しく説明を聞くと、ミカエルが聖女たちから魔力を奪う方法に通じる部分があった。ミカエルは奪うために使っていたが、要は身体的な接触があれば魔力を移動できるようだ。
「もしかしてミカエルが魔力を奪っていたのは、これを応用していたのでしょうか?」
「原理はそうだけど、相手から奪う場合は同意が必要なの。そうでないと魔力を上手く奪えないし、下手したら自分の魔力回路が損傷する恐れがあるわ」
(なるほど……そういえば、聖教会に入る時に聖女たちはすべてを聖教会に捧げるという宣誓書を書かされていたわ。サイラスとの結婚式も、私から魔力を奪うために同意が必要だったのね)
今更ながら納得することばかりである。
カレンは結界の維持を任されてきて、それだけで精一杯だったから知らないことがたくさんあった。
「なるほど。前にカレンの魂の傷……魔力回路を僕の魔力で修復したから、ふたりの魔力の親和性が高くなったということか」
「あー! もしかして、だから聖教会の女神像からファウストの魔力の気配がしたんだわ! 今わかった……!」
マージョリーはものすごく晴々とした顔で、満足げに頷いている。
「そうかも。確かにカレンとキスすると調子がいいんだ」
「えっ!? あれ本当だったの!?」
そういえば、ファウストのプロポーズする時に『すべてを捧げる』と宣言した。だとすると、その時に相手に魔力を渡す同意をしたとみなされていたのか、とカレンは思い返す。
「あら、ちなみに触れ合う面積が広い方が効果抜群よ」
「……いいことを聞いた」
「ファウスト、余計なことをしたらもうキスしないから」
「えっ……!」
ファウストが青ざめた顔でカレンを見つめるが、いったいなにをしようとしていたのか。身体が崩れているのに、ファウストに負担のかかることなどできるわけがない。
「それじゃあ、カレンはファウストに魔力を流して魔力回路の傷を塞ぎつつ、先ほどの調査を続けて。マージョリーはまだ調べたいことがある?」
「うーん、これ以上の情報は期待できないかな。それより、わたしはロニーの治療をしたい。彼も頑張っていたもの」
「そうね……ロニーにも早く元気になってもらいたいし、お願いするわ」
サーシャは脱線しそうになっていた会話を元に戻し、上手くまとめた。
こうして、賢者たちは再び己のやるべきことに集中していく。
(万物の秘薬……か。これでファウストが治るなら、必ず探し出してみせる……!)
カレンの瞳には固い決意が浮かんでいた。
* * *
ファウストは笑顔でカレンと共に会議室を後にした。
賢者たちが一丸となって、ファウストの後遺症を治そうとしてくれている。それは本当に嬉しいと思うし、これから先ずっとカレンといられるなら、どんなことをしても治したいと思う。
(でも……もし治療法が見つからなかったら、みんなの時間を無駄にしてしまう。ただでさえ、賢者は世界中を飛び回りこの世界を支えているというのに……)
ファウストが魔法使いの禁忌だと知りながら究極魔法を使ったことで、こんな事態になっているのだ。
申し訳ないという強い気持ちと、治療法があるかもしれないという希望が心の中でひしめき合っている。
(とっくに覚悟を決めたはずだったのに……往生際が悪いな、僕は)
カレンの後ろを歩きながら、ファウストは短くため息をついた。
自分の身勝手なのに、賢者たちをはじめとした大勢の人間に迷惑をかけることになっている。
だからといって、カレンが死んだ世界で生きるつもりもなく。
(僕は誰よりも欲深いみたいだ……)
「ファウスト」
「なに?」
「もしかしてみんなに迷惑をかけて申し訳ないとか思ってる?」
カレンの質問にドキッとした。
そんな素振りは見せていないつもりだったが、態度に出てしまっていただろうか?
「……どうしてわかったの?」
「ファウストならそう考えそうだなと思って」
「カレンには敵わないな」
「でもファウストだって、私のことを私以上に理解していると思うわよ?」
「……確かに」
カレンのことなら、どんな些細なことでも見逃さない自信がある。
ファウストは微差な表情から心の機微を読み取れるし、声音だけで体調の良し悪しも判別できるのだ。
「それなら、絶対に忘れないでほしいことがあるの」
「どんなこと?」
カレンは立ち止まって振り返る。
銀糸のような髪がサラリと広がってファウストの視線を釘付けにした。
「私は、ファウストに頼られて嬉しい。ファウストのために……愛する人のために行動できることが嬉しいの。だから申し訳ないって思う前に、ありがとうって言ってほしい」
真っ直ぐなカレンの想いがファスウトの心に突き刺さる。
カレンの心からの言葉であることは間違いないことはわかった。
(そうか……カレンは頼られたら嬉しいのか……)
これまで、ファウストは与えることばかり考えてきた。
カレンが聖教会に戻った時は、本人から計画の一環として提示されたものだし、使える手段を使用しただけという感覚だった。
いつだってファウストはカレンのために尽くしてきて、それが最高に幸せだと感じている。
そのせいか、周りに頼ることがとても下手くそになっている自覚もあった。
「カレン……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
花が綻ぶように笑ったカレンは、心から嬉しそうで。
ファウストの心から、迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが消えて、代わりに感謝の気持ちが沸々と湧き上がる。
(もしかしたら、これが仲間を、伴侶を信頼するということなのかもしれない……)
ファウストは初めて、誰かを頼ってもいいのだと思えた。