大神官ギラファティの帰還を祝って、巡礼たちは今日一日お祭り気分で過ごすらしい。ハッチェリとジェンスが東門に通じる大通りへ出ると、あたりは人、人、人でごったがえしていた。
土産物屋はここぞとばかりに客を呼んでいるが、宿はどこも満員らしく、がっかりした顔の巡礼たちが東門の方へ向かっていく。みな白い杖をしっかり握りしめている。
「チェリ、さっきのあれ……」
ジェンスは例の男が「俺と来い」といったのが気がかりだった。傭兵を歓迎しない人間はどこにでもいて、ジェンスも子供のころ何度か遭遇している。屈強な兵士たちに面と向かう勇気がないから、女や子どもにやつあたりするのだ。むろんエオリンはそんな卑怯者をみすごしたりしない。
だがあの男はジェンスに「用がある」といった。
腹のあたりがもやもやしてどうも居心地が悪かった。しかしハッチェリは「いつまでも気にすんなよ」とジェンスの肩を叩く。
「団長には俺から話しておく」
「ああ」
「っていうか、そんなことよりジェンス、さっきのはなんだ?」
「え?」
ジェンスはきょとんとした。
「なんの話をしてるんだ?」
「何って、あの神殿の――ユーリのことにきまってる。俺はな、おまえがあんな顔してるのはじめてみたぞ」
「あんな顔って……」
ハッチェリは内緒話をするようにジェンスの耳に口をよせる。
「惚れてるんだろ。あんな子が命の恩人ときちゃな」
「えっ……!」
「何に驚いてるんだよ」
エオリンの兄貴分はジェンスの背中をどやしつけた。
「いやぁ、考えてみるとおまえもそんな年ごろだよなぁ。ついこの前までこんなチビコロだと思ってたのに」
「チェリ、俺はそんな……」
「水くさいな、俺に嘘つかなくてもいいじゃねえか。みえみえだぜ」
そんなのじゃない――といいかえすつもりだったのに、ジェンスの頬はかっと熱くなり、街の喧騒が遠のいていく気がした。ハッチェリは横を歩きながらニヤニヤしている。
「エオリンにはおまえの年ごろのガキがいないからな。初恋相手がタラットになるよりはずっとマシだ」
新人泣かせ(いろいろな意味で)の赤毛の副団長をもちだして、ハッチェリは嬉しくてたまらない様子である。
「といっても〈根〉の神殿の人間じゃ、前途多難かもしれないが……」
「ユーリはずっと神殿にいるわけじゃない」
いつのまにかジェンスはハッチェリの話をさえぎっていた。
「正式な誓いは立てていないんだ。そのうち帝都に行くらしい」
ハッチェリは眉をあげた。
「帝都? なぜ?」
「……そこまでは知らない」
「サウロか……ま、がんばれ」
「チェリ、俺は」
「びびっとくる相手になんかそうそう出会えるもんじゃないんだ。俺を信じろ」
「なんだよそれ」
今日は東門の外にも巡礼がたくさんいる。野営する者も多いようだ。ジェンスは無意識のうちに、自分を追ってくる者がいないかたしかめようとしていた。ハッチェリは上機嫌な顔で口笛を吹いている。
「ジェンスはこれからどうするんだ?」
「……稽古しようかな」
「精がでるな。なんならつきあうぜ」
「頼むよ」
「じゃ、団長と話してから行く」
ハッチェリはクエンスのテントを指差し、ジェンスはその近くに以前も見かけた馬が繋がれていることに気づいた。エオリンの馬はモルフォド育ちの軍馬だからよその馬は目立つし、高価そうな鞍や鐙も同じものだ。
エオリンはいつまでここにいるのだろう。本拠地を移すような大がかりな契約であっても、身軽に動けることが傭兵団の強みだ。今日話をきめて明日の朝発つ、ということもありえる。
ジェンスは料理人のテントで肉団子のスープとパンをもらい、軽く腹ごしらえをしてから練兵場へ行った。