白い光の爆発の中にゆっくりと形が浮かび上がる。次に見えたのは鮮やかな緑、光を透かした木の葉の色だ。俺が地面に突き刺した結界の小枝から伸びている。
結界の小枝? そんな馬鹿な。あれはせいぜい人差し指くらいの長さしかなかったはず。それなのに今は、その枝を握っているタリンの腕と同じくらい伸びていて――
タリンが?
俺は目をこすった。だんだん薄れていく白い光の中に立っているのはたしかにタリンだった。
でも、なんだか様子が変だ。半眼になった目はうつろで、体は棒みたいにまっすぐで、生気がない。
そう思った時、タリンの手が動きはじめた。でもそれは人というより、からくり仕掛けの人形みたいな動きだった。カチ、カチっと少しずつ体が動いて、枝が地面に突き刺さる。タリンは黒髪を揺らしながら、両手を伸ばして枝を押しこんだ。
バサバサバサ――俺は鳥が羽ばたく音を聞いたと思ったが、あとで思い返すとそれは葉擦れの音だった。一瞬にして宙に伸びあがり、若木となった聖なる木の葉が擦れる音だ。
俺は呆然として若木の梢を見上げたが、あわててしゃがみこみ、地面に手をついた。土の下を恵みが走っていく。付近に開いた裂け目を埋めるように、すみずみまでいきわたる。あの巨大な魔物は影も形もなくなっている。さっきの光輝に焼かれて消滅したのだ。
ドサッという音が聞こえて、俺はハッと顔をあげた。タリンが若木の横に倒れている。俺はあわてて立ち上がったが、ジェンスの方が早かった。
「タリン!」
「脈はある」
ジェンスの冷静な声を聞くとすこし落ちついた。二頭の馬は何が起きたかわからないといった様子でこっちを見ている。ジェンスがタリンを抱き上げると「う……ん」と唸り声をあげて薄目をひらいた。
「タリン、大丈夫か?」
「え……? あれ、ぼく……」
タリンの黒い目は俺とジェンスを通り越して、真上に生えた若木を見ている。
「この木……何? ユーリの結界はどうなったの?」
「何って、おまえ……」
俺はタリンをみつめたが、その顔はいつもの無邪気な表情で、さっきの雰囲気はどこにもない。
「覚えてないのか?」
「……? ぼく、何かした?」
俺の異能は、聖なる木から力を引き出してちょっとした手品をすることだ。でも、完全に枯れた枝を蘇らせることはできない。それができるのは神子だけだ。伝説に残る神子は黒髪黒目で――
タリンはきょとんとした顔で起き上がり、聖なる木を見上げた。
「もしかして……これ、あの結界の枝? ユーリがこれを?」
馬鹿いうなと俺は口走りそうになったが、ジェンスが急に立ち上がったので返事をしそこねた。剣に手をかけ、切り通しの道へ鋭い視線を投げている。ひたひたと、こちらへ近づいてくる足音が聞こえるのだ。ジェンスが警戒するのを見て、俺はタリンを馬の方へ押しやった。
細い道から人影があらわれる。俺やジェンスとたいして年の変わらない、若い男だった。怯えた目をしているが、どこにでもいるごくふつうの村人に見えた。
「あ、あの……あなた方は……そのしるしはまさか、神殿のお方で……?」
ジェンスはまだ剣の柄に手をかけているが、俺はその横に進み出る。服は泥だらけで威厳もへったくれもないが、今くらいは身だしなみにうるさいフィシスも許してくれるだろう。俺は猫かぶり神官の顔で、ただし微笑む気分にはなれなかったので、重々しい表情でいった。
「ええ、そうです。わたしたちは大神殿の〈双翼〉です。あなたはタトゥスリーのお人ですか?」
「はい! 村はこの先に……」
男はそういったが、その目は俺を通り越して、枝を広げた木の梢をみつめている。
「まさか。聖なる木がこんなところに……も、もしや神官様が?」
あ……そう来るか。そりゃそうだよな。俺は神官なんだから。
「とんでもない。すべては世界樹の思し召しです」
俺はすました顔でいった。予想外のことが起きているとしても(それが何なのかわからなくても)ここで口にするわけにはいかないし、タリンがこれをやったなんてこともいえない。すくなくとも今はまだ。
またフィシスの顔が頭の隅をかすめた。ひょっとしてあの気難しい師匠も、俺を拾った時に同じようなことを思ったのか。
「わたしたちを村に案内してもらえますか? このあたりにいた魔物は、すべて浄化されました。これからは安心してこの道を通れます」
「もちろんです! ありがとうございます!」
「それからララアさんという方に、お母様が心配されていたと……」
「ララアは俺の嫁です! うわっ、なんてこった! 村はこっちです!」
男は飛び跳ねるようにして切り通しの道を進んでいく。ジェンスが剣の柄から手を離した。
「タリン、ひとりで乗れるな」
「え? ジェンスは?」
「俺はあとから歩いていく。タリンはユーリのあとについていくんだ」
ジェンスはまだ万が一のことを考えていたのだろう。だが俺にはもう、魔物の脅威は去ったことがわかっていた。タリンが聖なる木を再生させ、このあたりに開いていたすべての裂け目を閉じてしまったからだ。
俺たちは一列になって切り通しの道を抜けた。