「昼間から、大胆ですねぇ。女性を膝に乗せて抱き合っているなど……」
田村家の子息、
「あら、遠慮いりませんよ。田村様もどうぞ?」
芳子が、極上の笑みを浮かべ、さらりと言い返した。もちろん、視線は、佐紀子に定めて……。
「ははは、そうですか、って、まさか、できませんよー、そもそも、私は、婿に入るだけですしね」
隣に座る、野口のおば、そして佐紀子は、表情も固く、黙りこんでいる。
月子が、ちやほやされているのが、気にくわないのもあるだろうけれど、なにより、
「うん、実に不自然だ」
微妙な空気を打ち破るように、岩崎の大声が響く。
「こうして、二人して座っているのも、確かにおかしい。それに、お互い座り心地も悪い。帰ろう」
「えっ?!」
突然の岩崎による宣言に、月子は驚く。来たばかりではないかと。
「顔合せも行いましたし、後のことは、兄上にお任せするのが早いですから」
岩崎は、もっともな事を言った。
きっと、この場から逃げたいのだろうと、月子は理解したが、さすがに、それではと、立ち上がれる雰囲気でもない。
「あらー、それは、だめよ。今頃裏方では、お茶の用意をしてるはずよ?」
芳子が、岩崎の言い分に乗っかりつつ、チクリと茶の催促を入れる。
すかさず、野口のおばが、顔をひきつらせ、瀬川の名を連呼して、お茶の一杯ぐらいは、などと、岩崎の機嫌を取り始めた。
訳ありだ、結納金も用意できないだろうなどと、佐紀子と二人して岩崎のことをバカにしていた、おばが、今や、男爵夫妻の貫禄に、いや、岩崎の物怖じしない態度に負けたのか、見事にへつらっている。
野口のおばの、あからさまな態度の変化に、月子も内心呆れ返るが、ふと、言わねば通じない、自分の意見を言うようにと、岩崎が、月子へ意見していた事を思い出した。
自分は、おとなしすぎたのだろうか。
本当は、言ってもよかったのだろうか。
「……どうした?足が痛むのか?」
岩崎が、そっと耳打ちしてくる。
「えっ?!」
月子は、驚きから、とっさにうつむきかけたが、違うと、心の声のようなものに押され、しっかり顔を上げた。
「少し、困っていただけです。いきなり、岩崎様のお膝に座らされたものですから……」
月子の返事に、うん、と、岩崎は満足げに頷き、芳子も男爵も、その様子に目を細めている。
「はいはい、結局、二人になりたいってことでしょ。どうです?佐紀子さん。私達も、二人になりますか?まあ、月並みですが、庭にでも。あ、いや、屋敷の案内の方がいいかなぁ?私は、こちらに住む訳ですし。私の部屋は、もう用意してくれてるんでしょ?」
「あぁ、父上、どうです?どうせなら、二組同時に祝言を挙げればいい。一応は、姉妹ですし。何かと費用も節約できるんじゃないですか?」
はぁと、先々の事が面倒臭いとばかりに、ため息をついた。
「
父親である、田村が怒鳴り付けたが、
「まあまあ、若い者通しと、言いたい所ですが、田村さん?
男爵が、おもむろに嫌な顔をして、
「まあ、仰りたいこともわかりますけど、姉妹と言っても、それぞれ別の家と縁続きになるわけでしょ?それに、祝言と言っても、ほら、嫁に行くと婿に入るですから。一緒にしてもらっては困りますわねぇ」
芳子も、キッと
「さ、左様です!こ、これ、
田村は、焦り尽くした。
「え、ええ、そうですよ。
さすがのことに、野口のおばまで口を挟んでくる。
「……
佐紀子が、すっと立ち上がった。場の混乱を押さえにかかったのだろう。
「あっ、そう。じゃ」
「困ります」
佐紀子の、冷たい物言いに、
「妹は、それなり愛想がいいのに。ああ、姉妹と言っても、妹は、うどん屋の娘だったか。はあ、俗な暮らしぶりで誰にでも愛想を振り撒いていたってことね。西条の家に入るのも、なかなか面倒臭そうだなぁ」
くくくっと、嫌みたらしく笑う
しかし。
「君、酔ってるのかね?おかしなことばかり言っているが?」
誰よりも先に、岩崎が
「酔ってる……だって?」
「
佐紀子が、声を荒げ、
岩崎と引き離したいと、
月子は、この一触即発的な状態に、自分も何かできないかと、岩崎をそっと見た。
できるならば、
口惜しいが、こちらから、仕掛けた所もある。そして、
「大丈夫だ。うちには、一人勇ましいお方がいるだろう?」
心配そうに見上げる月子へ、皆に聞こえないよう、岩崎がそっと言った。
と、同時に、そのお方が、しゃしゃり出る。
「本当!酔っぱらいの絡みじゃないの!あなた、結局、うらやましいんでしょ?!で!佐紀子さんとやらもね、恥じらいなさいな!嫌だ嫌だも好きのうちって言うじゃない?!適当に転がして置けばよろしいの!」
なんなの、なんなの、融通が効かない人ばかりと、芳子が、愚痴りながら激を飛ばした。
が。
「はっ!そんじゃあ、転がしますか?!」
たちまち、あたりに茶が飛び散る。
佐紀子が、
「芳子!」
飛び散る茶から、芳子を庇おうと、男爵が動いた。
芳子へ被さった男爵の上着に、茶が、かかる。
「芳子、着物は大丈夫か?!」
「えっ?!京一さん、そこ、ですの?!」
驚きから、芳子は、少し震えながるも、精一杯声を絞り出していた。
「うん、染みが出来たから、新しい着物を買うとかなんとか言って、また、色々買い込んでしまうだろう?それも、なかなか、物入りだからねぇ」
「ええ!京一さん、そこ、そこなんですかっ?!」
「そうそう、そうですよ?」
男爵は、朗らかに芳子へ買い控えしろと釘を差すと、やおら、振り返り、田村と
「田村さん、確か、
「なっ、脅かよっ!」
「岩崎男爵様!申し訳ございません!すべては、私の失態!ど、どうか、お気をお沈めください!!」
田村は、
そして、自身も頭を深々と下げ、詫びを入れる。
その様子を、佐紀子が、じっと見ていた。
だが、手におえないを越え、どうしようもない所に来てしまっていると感じているのか、言葉すら出ないようだった。
そんな、佐紀子の袖を、野口のおばが引っ張り、佐紀子も座って、男爵へ頭を下げるよう、合図している。
「まあ、これで、帰る口実は出来た」
岩崎が、また、月子へそっと言った。
「そもそも、こんな所へ、足を運んだのが間違いだったのだろう。さあ、帰ろう」
田村が、男爵へ平謝りしている中、
その態度に、芳子が再び噛みつき、ああだこうだと、言い合いが始まっていた。
「まっ、あとは、任せて……退散あるのみだな」
岩崎は、呑気に言っているが、月子は、不安で仕方ない。
そんな、月子を落ち着かせようとしてなのか、岩崎は、淡々と言う。
「いいかい?君は、岩崎の人間になる。だから、もう、いや、こんりんざい、西条の家とは関係のない人間なんだ。佐紀子とやらの顔色を伺わなくていいんだよ。もっとも、彼女の顔色も、今は悪いがね」
確かに、佐紀子は、