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第二十三話 生きる権利


「ふざけたこと言わないで!」


 霧子の怒った声を久しぶりに聞いた気がした清歌は、右頬に残るヒリヒリとした痛みにつばを飲む。

 どうして霧子がそこまで怒るのか、清歌には理解できなかった。

 なぜ、どうして彼女は怒っている?


「どうしてそんな……」

「どうして? 怒るに決まってるでしょ! あんたのご両親がどんな思いで死んでいったか、おばあちゃんたちがどれだけあんたを可愛がっていたか、綾音さんがどんな覚悟であんたのおばあちゃんたちを救ったと思っているの? 確かに義人の才能は失われ、彼の未来が狂ったけど、綾音さんが運命を操作しなかったら、あんたの大切なおばあちゃんたちは死んでいたのよ!? あんたはそれで良かったの!?」


 霧子はせきを切ったかのように言葉を羅列した。

 清歌の表情と彼の発言で理解してしまったのだ。

 清歌は自分の生きる権利に疑問を抱いている。

 事実だけ並べれば彼さえこの町に来なければ、何も狂うことはなかった。

 淡々と清歌の祖父母が犠牲になって終わり、綾音も堕天することなく、義人は才能を潰されずに済んだ。

 犠牲になるのは清歌本人と彼の祖父母。

 だから彼は自らの生きる権利を疑った。

 自分さえあの日に事故で死んでいれば、犠牲は自分の祖父母だけになったはずだと。

 もちろん清歌だって自分の祖父母に死んでほしいわけではない。

 しかしもしも自分がいなければ、まだ小学生であった自分の世話をするために祖父母が仕事をセーブするようになったのは事実だ。

 もしもの話だ。

 言うだけ、考えるだけ無駄な話。

 それでもつい考えてしまうもしもの可能性。

 自分の面倒を見ないで働いていれば、もしかしたらお祈り地蔵の不幸の分散のターゲットから逃れていたかもしれない。

 そうなれば他の町人が犠牲になっただろうが、清歌にとってそれは他人である。

 もしもの最高の可能性を捨てきれない。

 現実逃避の一種だ。

 霧子はそんな逃げの思考に陥った清歌を見たくなかったのだ。


「……良くない。ごめん、どうかしてたかも。つい自分がいなければ丸く収まっていたかもって思っちゃって」


 清歌はヒリヒリする頬を擦りながら、霧子に謝罪した。

 失礼な考えだった。

 綾音の気持ちを踏みにじり、下された環境で足掻く義人やおばあちゃんたちを軽んじてしまった。


「わかればいいけど……。ねえ、散歩でもいかない?」

「今から?」

「嫌なの?」

「別にいいけど……」


 清歌は急な提案に乗ってみることにした。

 気分転換が必要かもしれない。


「どこに行くんだ?」

「いいから黙ってついてきて」


 清歌の家を出た二人は、霧子の先導のもと散歩を開始する。

 行き先を尋ねるがさっきからずっとこの調子である。

 答えが出てくる気配はないが、流石に馴染の道を歩いているため、ある程度予想はつく。


「学校に行くのか」

「なんでわかったの?」

「いや、思いっきり通学路じゃん」


 清歌は冷静に指摘して、歩く速度を少し上げた。

 こんな暑い中、せっかくの夏休みに学校なんて行きたくはないのだが、こんなクソ田舎には遊びに行けるようなところは公園ぐらいしかなく、学校も悪くないか? なんて思えてしまう自分がいた。


「なんで学校に?」


 通い慣れた通学路を行くうちに、気づけば校門の前まできていた。

 相変わらずうるさい蝉の鳴き声とうだるような暑さの中、清歌と霧子は汗だくで校門を通過する。


「今度試合を見に行くじゃない? 気分を上げるためにも見学でもしようかなって。迷惑だった?」


 霧子は首を傾げる。

 迷惑だなんて思ってはいない。

 むしろ感謝したいくらいだ。

 家でこのままダラダラしていたところで、自分を追い込むだけだったろう。

 それかどうにもならない現状への不満を他人に向けていたかもしれない。


「いや、ありがとう。もう少し他のことに意識を向けるべきだった」


 清歌は心からそう思った。

 どうにもならないことにこだわっていても仕方がない。

 お祈り地蔵が出してきた条件、あんなのできるわけがないのだ。

 運というものを神に支配される空神町において、それを打ち破る強い意志を持った人間などそういない。

 人間は弱いのだ。

 群れて初めて強気になれる生き物だ。

 それにそんな強い人間が神になりたいと望むわけがない。

 神になりたがる人間は、いつだって”弱い”人間だ。

 自分で運命を打ち破ることができる人間にとって、神という立場は憧れの対象ではないのだ。


「やっぱりやってるよ」


 霧子はグランドでミニゲーム形式の練習をしているサッカー部の連中を指差す。

 グランドの中心でボールを蹴っている彼らの周りを、淡々と走っているのが陸上部だろう。

 どちらにしてもよくこの真夏の暑さの中やるものだと、清歌は素直に感嘆した。

 自分がやったらあっという間に熱中症だろう。

 いや、そもそも熱中症まで体力がもたないか……。


「相変わらずなんというか……うまくはないのよね」


 練習を小一時間眺めていた霧子の感想がこれだった。

 わかっている。

 うまくはないし強くもない。

 正直、義人がいたとしても試合に勝てるような出来とは思えない。

 サッカーは団体競技。

 一人の天才が導くものではない。


「よくこの中で少しとはいえやってたよなあいつ」

「それだけ本気だったんじゃない? でも清歌は気にしちゃダメよ?」


 霧子は念を押す。

 また清歌が自分を責めないか心配で仕方ないのだ。


「気になんてしないさ。僕はもう無駄にくよくよしないって決めたんだ」


 清歌は胸を張って宣言した。



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