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第二十五話 清歌の変化


「別に隠す気は無いさ」


 清歌はしれっと言ってのける。

 もちろんいまさら隠す気はない。

 義人への罪悪感もある。

 もしかしたら話したことで嫌われるかもしれない。

 絶交になるかもしれない。

 しかし話さないわけにはいかない。

 義人は全て話してくれたのだから。


「僕の変化はやっぱり綾音さんの存在が大きいかな」

「お、ついに付き合えるようになったのか?」


 義人は年相応の反応を見せた。

 付き合えたらどんなに良かったか。


「残念ながらまだだよ義人」

「なんだ」

「もし付き合えてたら、もっと明るい変化をしていると思わない?」

「まあ明るくはないけど、前よりは前向きな変化をしているとは思うぞ」


 義人からすればそう見えていたらしい。

 清歌の変化は本人には分からない。

 清歌に限らず、そういうものだろう。

 変化は周囲からの評価で決まる。


「なら強くなったのかもしれない。綾音さんの話ってどこまでしてたっけ?」

「綾音さんが元神様で、鎖につながれてて動けないってところだな。というか、そりゃ変化するか。想い人が元神様とか冗談じゃ済まない」


 義人は一人で謎に納得した。

 客観的にみればそうだろう。

 清歌の話をすべて信じているとすれば、普通の人間なら諦めるところだ。


「だけど僕にとってそれが全てじゃないんだよ義人」

「どういうことだ? あれから続きがあるのか?」

「ある。だけど義人には言い出しにくかった。たぶん聞いたら僕のことを殴りたくなるかもしれない。むしろ義人には僕を殴る権利がある」


 清歌は覚悟を決めていた。

 彼に嫌われる覚悟だ。

 清歌が直接行ったわけではないにしろ、清歌という存在が招いた現象で義人の才能が失われたのだから。


「そこまで前もって言われると怖いんだけど」

「悪いね。だけどそれほどのことなんだ。信じるかどうかは義人に任せるよ」


 清歌はそう言って話し出した。

 なぜ綾音が堕天したのか、清歌の祖父母のこと、義人の才能の話に空神町の管理システムとルールについて。

 最初は平然と聞いていた義人だったが、徐々に雲行きの怪しくなる話に眉間にしわを寄せる。

 しまいには頭を抱えて目を瞑ってしまった。

 当たり前の反応だ。

 荒唐無稽な話過ぎる。

 普通の人ならば、清歌がなにかマズイ宗教にでもはまってしまったのではないかと疑うだろう。

 しかし残念ながらこれは現実なのだ。

 御伽話でもファンタジーでもない。

 これは目に見える現実だ。


「一応ここまでが全てかな」


 清歌の説明が終わるころには、選手たちはウォーミングアップを終えていて、試合がいままさに始まろうとしていた。

 義人は相変わらず頭を抱えたまま動かなかった。


「すまん。少し時間が欲しい。整理したい」

「うん。もちろん」


 数分間の沈黙。

 清歌にとって恐ろしい数分間だった。

 真夏の炎天下にいるはずなのに、背筋が凍る思いだ。

 息を飲む清歌と沈黙した義人。対照的な二人がベンチ裏でポツンと座っている。

 周囲にまばらにいる観戦者はみんなサッカーの試合を今か今かと待ち望んでいる。

 ここにいる二人だけが、試合とは別のことに頭を支配されていた。


「このこと霧子には?」

「当然話してあるよ」

「反応は?」

「とりあえず保留って感じだった。迂闊に答えられないんじゃないかな?」

「そうだよな……」


 義人はそれだけ確認してまた黙ってしまった。

 流れで話してしまったが、試合の後に話すべきだったかもと清歌は後悔した。

 せっかく芽吹き始めた義人のサッカーへの情熱に水を差してしまった思いだ。


「なあ清歌」

「なんだい? 僕をぶん殴る準備ができたかい?」


 清歌は殴られる気満々だ。

 もう覚悟は決まっている。


「いや、俺がサッカーに向き合う理由はさっき話したろ?」

「うん。霧子のことが好きなんだよね?」

「ああ。だけどお前の話のおかげでもう一つ理由ができたよ」

「どういうこと?」


 清歌は本気で分からないと聞き返す。

 意味が分からない。

 さっきの話のどこに彼が前向きになる要素があった?


「意地でも俺はサッカーを諦めない。そのお祈り地蔵がぬかしていたこの町のシステムに負けたくない。それに俺が本当にサッカーを諦めちまったら、お前は自分を責めるだろ?」

「……本気で言っているの?」


 義人の言葉に清歌は絶句した。

 身構えていた分、体から力が抜けた感じがした。

 拍子抜け……とは少し違う感覚。

 安心感も少し違う。

 不思議な感情だった。

 いままで感じたことのない感情。

 清歌の視界が潤む。

 ぽたぽたと涙が真夏の日差しで熱せられた地面に落ちていく。

 ずっとどんよりとした気持ちのまま過ごしていたこの数日間に、ようやく日の光が届いたような気分だった。


「本当にいいの? 義人は僕に怒る権利、あるんだよ?」

「別にお前は悪くないだろ。何言ってんだ? 当事者だからそう思いたくなるのは分かるが、実行したのは綾音さんで、そもそも理不尽なシステムを当てはめたのはお祈り地蔵だ。それにな清歌、空神町のシステムがなければ、俺が才能を失うのは”当然”なんだぞ? これが本来なんだ。本来の流れを無理矢理捻じ曲げようとしたのはお祈り地蔵なんだ。どこにお前を恨む要因がある?」


 義人はきっぱりと言い切った。

 清歌の全ての不安を取り払うように、何かを覚悟した表情で清歌に向き合った。


「俺の変化にお前が必要だったように、お前の未来に俺も関わるぞ」


 清歌はそう宣言した義人を濡れた瞳のまま見上げていた。





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