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第二十六話 チームの本気


 義人の宣言を機に、清歌たちはちょうどキックオフを迎えたサッカーの試合を観戦し始めた。

 本来の目的がこちらなのだから当然だが、特に義人はそれは熱心に試合に集中していた。

 敵チームの攻撃が続くとハラハラし、こちらのシュートが外れると全力で悔しがる。

 その様は、まさにベンチに座っている部員たちとほとんど同じように見えた。


 試合はスコアレスドローのまま後半戦に続き、どちらも決定機を逃し続ける展開が続く。

 どちらもシュートまではつなげているだけに、どちらに点が入るか分からない戦況だ。

 ただ観戦している側からすると、一方的な試合よりかは楽しめるのだが、実際に試合に出ている選手たちは早くゴールが決まってくれと祈りながらプレーしているようだった。


「なかなか決まらないね」


 後半も半分が過ぎたあたりで、清歌がポツリと呟いた。

 大きな歓声が沸く場面が訪れない空間

 で、その清歌の声は義人の耳に届いた。

 ぴくっと反応した義人だったが、その後は無視を決め込んで試合に集中する。


 淡々と試合が進む中、思いもよらないアクシデントが起きる。

 こちらのチームのストライカーが相手選手と接触し倒れてしまった。

 最初は水を飲んだりしていた周りの選手たちだったが、時間が経っても起き上がらない二人を見て集まりだしていた。


「ねえ怪我してない?」

「痛そう……」


 清歌と義人の真後ろを通る観客の声が聞こえた。

 背後を通った三人組は選手が倒れた側に向かっている。

 徐々に倒れた選手たちの周りに両チームが入り乱れて、様子を窺っているようだった。

 やがて部長の柊がベンチに向かって合図をする。

 すぐさまやや急ぎ足で監督が駆け寄っていき、選手たちが道を開けた。


 清歌が義人の表情を見ると、額から大量の汗が滝のように流れ出ていた。

 義人はそれを拭うでもないまま、倒れた選手をじっと見つめていた。


 やがて監督が立ちあがり、数人の選手たちと共に倒れたストライカーをベンチまで運んで戻ってきた。

 ベンチ裏の二人の目の前で、緊迫したやり取りが繰り広げられた。

 マネージャーをしている霧子が救急箱から包帯を取り出したり、アイシングをしたりとせわしなく動き回る。処置が終わると監督は立ち上がり、ベンチメンバーと三人がかりで怪我をした選手を車まで運びはじめた。

 運ばれている選手は静かに涙を流しながらピッチを後にする。

 その姿が怪我を負った時の義人を連想させ、清歌は思わず視線を逸らした。

 逸らした視線の先、接触した相手ディフェンダーはなんとか立ちあがっていたが、ひざを痛めたようなしぐさをしており片足を引きづりながらベンチに下がっていった。

 あれではきっとプレーは無理だろう。


 清歌がサッカーの試合を観戦して怪我によるトラブルを見るのは二回目だ。

 一度目は義人が才能を失った日、そして二回目が今だ。

 選手がおさえているところを見るに、奇しくも義人が怪我をした部位と同じようだった。

 何かの暗示だろうか? それともただの偶然?

 お祈り地蔵とこの町のシステムを知ってから、偶然が偶然なのか分からなくなってしまう。

 すべてに意味があるのではないかと勘繰ってしまう。

 まるで何かの試練であるかのように感じる、今回のアクシデント。

 ただただ呆然と見守るしかない清歌たちの元に、今回の試合に招待した柊部長がやって来た。


「義人頼みがある」


 柊部長は汗だくの顔に緊張を浮かべた状態で義人の肩を掴んだ。


「な、なんですか?」


 義人は鬼気迫る柊部長の様子に気圧されていた。

 呆然と、自分と同じような怪我をした選手を見守るしかなかった義人は訝しむ。

 一体この状況での自分への頼みとはなんだろうと、義人の脳内は疑問に満ち溢れた。


「今から試合終了までの間だけでいい、ほんのひと時で良い。お前が満足にプレーできないからとサッカーから離れているのは知っている。それでも、頼む。残酷なことを言っているのは分かっているつもりだ。だけど、いまこの場にストライカーはお前しかいないんだ!」


 柊は義人の両肩を掴んで懇願する。

 いつもの彼の姿ではなかった。

 いつも教室にやって来て義人を諭そうとする柊ではなかった。

 心からのお願いだった。

 柊が言っているように、これは残酷なお願いだった。

 未練を断ち切るようにあえてサッカーから距離をとっている義人に、ほんの十数分だけかもしれないがピッチに戻ってきてくれと言っているのだ。


「なんでそんな本気なんだよ!? これはただの親善試合だろう? なんでそこまで……」


 義人の問いかけは、しかし柊の目を見て音を失った。

 なぜなら義人はこんなに真剣な眼差しの部長を見たことがなかったから。

 サッカー部は弱小チームだ。

 それは分かっていた。

 義人は自分がエースとして君臨していたころにそれは把握していた。

 決して強くない。

 だけど、決して不真面目ではなかった。

 むしろその逆で、勝利に対して貪欲に突っ走るチームだった。

 だからこそ義人も全力でプレーを続けていたのだ。

 それを忘れていた。

 彼らはいつどんな時も全力だ。

 当たり前の話だ。

 そうでなければ、あんなに連日一人の部員を呼び戻すために時間を割くわけがない。


「俺はいついかなる時も勝ちにこだわりたい。だからいまここで恥を忍んでお前に頼む。今後ずっととは言わない。これっきりでも構わない。お前の人生を邪魔するつもりはない。だから、一度でいい、一度でいいからもう一度一緒にプレーしてくれ!」


 柊の普段は見せない姿に義人と清歌は言葉を失った。




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