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そうして、夏祭り当日。
あの後、陽太くんから夏祭りの詳細の連絡を受けて私は着々と準備を進めた。
陽太くんとは通い始めた頃から気があったので、連絡先は交換していた。
しかし、肝心な青山さんとは未だに連絡先を交換できていないので、陽太くんに仲介してもらい、今日を迎えたのだ。
陽太くんに指定された待ち合わせ場所に着く。
「早く来すぎちゃったかな?」
予想外の青山さんとの夏祭り。時間が近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなる。
青山さんを待つ間。何度もスマホを見たり、髪や浴衣の乱れなどがないかをチェックする。
すると、心待ちにしていた声が聞こえてきた。
「すみません、夏風さん! 遅くなりました!」
「いえ、私も今来たところで……」
声の主へと振り返り、私は固まる。
それはもう、固まらずにはいられない。
だってそこには、浴衣姿の青山さんがいたのだから。
「すみません、支度に手間取ってしまって」
「や、全然大丈夫です、はい! ところで、あの、その浴衣は?」
青山さんは少し恥ずかしそうに頬をかくと、なぜ浴衣のかという経緯を説明してくれた。
「えっと、陽ちゃんがですね。『せっかくの夏祭りだし、ものはついでだから』って、僕の分の浴衣をレンタルしてくれたんです」
「な、なるほど……!」
何がついでなのかはサッパリだが……青山さんの貴重な浴衣姿を見れ、私は内心力強くガッツポーズをした。
「着慣れないというのもあって、少し恥ずかしいです。……変、じゃないですかね?」
「いえ! すごく似合ってます!!」
「ふふっ、ありがとうございます。夏風さんも浴衣姿、すごく似合ってますよ」
「えっ、あっ、ありがとうございます……」
青山さんに褒められ、私は熱くなった顔を隠すために、両手で頬を押さえながら後ろを向く。
(あ、青山さんに褒めてもらえた……!)
今にも飛び跳ねたい気持ちを抑えて、私は青山さんに向き直る。すると青山さんはニッコリと笑う。
「それじゃあ、夏祭りを楽しみましょう」
「は、はい……!」
それから私たちは、屋台を見て回った。
軽く焼きそばやかき氷などを食べたり、射的や金魚すくいなどをして遊ぶ。
久々に誰かと来る夏祭りは、とても楽しく、あっという間に時間が過ぎていく。そして――――。
「そろそろ花火の時間ですね」
「そうですね。では花火会場に向かいましょう」
私と青山さんは人混みを縫って進む。花火会場に近づくにつれて、人が増える。私は青山さんとはぐれそうになる。そんな私に気づいた青山さんが、そっと手をさしだした。
「夏風さん。人が多いですし、良ければ」
「あ、ありがとうございます」
私は恥ずかしながらも、青山さんの手をとる。青山さんは優しく微笑むと、私の手をギュッと握る。
青山さんの大きくて優しい手に、再び心臓の音が大きくなる。
そんな心臓の音をかき消すかのように、花火の音が鳴り響いた。
私たちは人ができるだけ少なそうな場所を見つけると、並んで花火を見上げる。
色とりどりの花火が、夜空に大輪の花を咲かせる。
「綺麗ですね……」
私がそう呟くと、青山さんは「そうですね」と相槌を打ってくれた。
青山さんと見た、この美しい花火を、私はずっと忘れないだろう。
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花火大会の帰り、私は『ボヌール』へと寄った。
陽太くんに『面白い企画するから、良かったら遊びに来てね』というメッセージを貰ったので、いざ行ってみる。……と、店内は想像以上に賑わっており、私はビックリしていた。
「あ、涼ちゃんおかえりー。どうだった夏祭り?」
「うん、楽しかったよ。陽ちゃんも、お店大丈夫だった?」
「ちょっと忙しかったけど、何とかなってるよー」
青山さんは何事もないかのように、いつものエプロンをつけては普段通りにカウンターへと立つ。
「碧さんも、いらっしゃい。カウンター空いてるからゆっくりしてってよ」
「あ、ありがとう」
私をカウンターへ案内する陽太くんは、いつものTシャツにエプロン姿ではなく浴衣姿だった。ものはついでとは、もしやこの事だったのでは……?
「どう? 夏祭りに合わせて、浴衣で接客してんの。んで、浴衣のお客さんにはちょっとしたサービスしてるんだー」
「いや、うん。なんか企画と賑わいが予想外過ぎて、ちょっと驚いてる」
「面白いですよね、夏祭り限定の企画。僕じゃ思いつかなかったですよ」
青山さんからコーヒーを受け取り、一口飲む。
すると陽太くんがコソッリと聞いてくる。
「……で? 涼ちゃんとの進展はどうだった?」
その言葉に思わずコーヒーを吹き出しそうになったのを、必死に堪える。チラッと見れば、青山さんは別のお客さんの接客をしていた。
私は陽太くんに、今日の進展の報告をする。
「帰りに、青山さんと連絡先を交換しました」
「やったじゃん、おめでとう。さすがは愛の化身、俺だわ」
「それ自分で言うの……」
半ば呆れていると、奥から陽太くんを呼ぶ声がする。
陽太くんは「それじゃ」と手を上げると、奥へと消えていった。
私は再び、コーヒーを飲む。
今年の夏は、さっき見た花火のように、輝かしいものになりそうだ。