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六杯目:真夏のキューピットの裏話【前編】

 夏休み。


 課題をすること以外に特にやることもなく、時間をもてあましていた。そんな時だった。


 一本の電話がかかってきたのは――――。


「はい、もしもし?」

『あ、もしもし? 那月なつきちゃん?』

「こ、古奈こな……!?」


 突然の電話の主に私、那月なつき あおいは動揺した。


「な、なによ突然……アンタ、今日バイトじゃなかったの?」

『うん、バイトバイト。と言うか、絶賛なうでバイトで接客中』

「はぁ!? アンタ、バイト中に私に電話してきてんの!? 馬鹿じゃないの!?」


 バイト中に電話をするという非常識なことをしている電話の相手、古奈 陽太ようたに私は説教をする。

 私の説教などお構いなく、当の本人は『まぁまぁ、落ち着いてよ』などと呑気なことを言う。


『那月ちゃん、このあと暇? ちょっと来て欲しいんだけどさ』

「はぁ? 来て欲しいって……なんでよ?」

『細かい説明は後でするので、ここに来てください。オネガイシマス』


 そう言って電話が切られる。


「ちょっ、古奈!? 古奈ー!!」


 突然かけては切られた電話に、怒りを抑えられずに名前を叫ぶ。しかし全てはあとの祭りであり、仕方なく出かける準備をする。


「なんなのよ、まったく……」


 視界に入った姿見の鏡に映る自分をチラッ見る。


「別に、古奈のためじゃないけど……」


 少しだけ期待を胸に、オシャレしてみようと思った。





 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁





 ……と、少しだけ考えた自分もいました。


 出かける直前になり、やはり恥ずかしくなっていつものラフな格好になってしまった。

 指定された場所に着くまで、やはりオシャレするべきだったのではと悶々もんもんと考えたが……いつもの格好で正解だった。


「陽ちゃんがお願いした子って、那月さんの事だったんだね!」

「ね? 安心したっしょ?」

「あの……これは一体……」


 訳も分からずに到着した場所は、古奈の従兄弟である青山あおやま 涼介りょうすけ先輩の店、喫茶店『ボヌール』だった。


「見ての通り、面接です」


 どうしてだか店主でもない一バイトの古奈が、堂々と言い張る。

 そんな古奈の姿に困り顔をした青山先輩が、私に簡単な説明をする。


「実は今度のお祭りの日に、那月さんにお手伝いをお願いしようかと思って。あっ! もちろんこちらの事情なので、断ってくれても全然大丈夫だから!」

「ちなみにそうなると、俺が一人で頑張ることになります!」

「陽ちゃん!」


 突然のことすぎて、色々と訳が分からない。


「もう! 那月さんが断りにくいこと言ったらダメでしょ!」

「えー、だってー……」

「そうなったら夏風なつかぜさんには事情を説明して、僕が入るから!」

「でもそしたらみどりさんを、誰がエスコートするの?」


 ん? 待てよ?


「で、でもそれは陽ちゃんが勝手に決めたことで……」

「碧さん、きっとお祭り楽しみにしてるよ? 久々だって言ってたし」

「うっ……」

「碧さんきっと今頃、新しい浴衣とか見てるんじゃないかな?」

「くぅっ……!」


 さっきから出てくる『碧さん』って……誰?


(ちょっと待って。今まで古奈の口から『碧さん』なんて言葉、聞いたことない。男? 女? いや、それより『碧さん』ってどんな人? 落ち着け、葵。古奈のことだから、きっとお店のお客さんを……いや、だからってなんで『碧さん』? お客さんなら普通、名前じゃなくて苗字呼びじゃ……)


 頭が混乱し始め、上手く整理できない。誰なんだ『碧さん』っ!


 そんな私のことなどお構いなく、しゃがんだ古奈がテーブルに顔をのせながら上目遣いでこう言う。



「お願い、那月ちゃん。手伝って」



 古奈のその仕草と言葉に、私は思わず……。



「え……あっ、はい……」



 ……と、気づけば二つ返事をしていた。


「という訳で、那月ちゃん採用で」

「もぉぉぉぉっ! 陽ちゃぁぁぁぁぁんっ!」


 青山先輩が半ば叫びながら、古奈を呼んでいる。


「はっ! 私は一体何を……」


 それで私は、正気に戻った。


「それじゃあ、那月ちゃん」

「な、なに……?」


 いつの間にか隣に座った古奈が、肘をつきながら言う。


「夏祭りに向けて……夏祭り当日、不在の涼ちゃんの分まで俺らで店盛り上げて頑張ろう」

「えっ……えっ?」

「すみません、那月さん。その分、時給は弾ませてもらうから……!」

「えっ、ええっ!?」




 こうして私は、夏祭り当日不在の店主に変わりに向けて、バイトすることになった。

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