「じーちゃん、いつものやつ作ってよ」
ココはとある小さな喫茶店。この喫茶店のマスターは、目の前にいる、俺のじーちゃん。
外は凄く暑いけど、喫茶店の中はめちゃくちゃ涼しい。
カウンターの席に座りながら、俺はじーちゃんにおねだりする。
大人用のイスはまだ子供の俺には高すぎて、床まで余った空間で足をブラブラと揺らす。
「じーちゃん、勉強つまんないよ。俺も涼ちゃんと一緒に、買い物行きたかったぁ」
上唇に鉛筆を乗せて不満を言うと、じーちゃんはカップを拭きながらため息をつく。
「
少し年の離れた従兄弟である涼介こと涼ちゃんは、行き当たりばったりな俺と違って、とても計画的で真面目だ。
俺は夏休みの宿題はお盆を過ぎたあたりからやっと始めるのに対し、涼ちゃんは夏休みが始まってからコツコツとやっている。
テストだって一夜漬けの俺と違って毎日勉強してるから、物知りですごく頭もいい。
「じゃあさ、俺のやる気を出すために。じーちゃん、いつものやつ作ってくれよ。俺さ、アレ飲むとやる気出るよ。……たぶん」
目の前の宿題の山に飽きて、そろそろうんざりし始めた。俺は気分を変えるためにも、じーちゃんに
そんな俺に、じーちゃんも根負けしたのだろう。再びため息をついては、冷蔵庫から牛乳と卵を取り出す。
「……分かった。涼介もそろそろ戻ってくる頃だろう。作ってやるから、出来るまで宿題をするんだぞ」
「やったー。俺、じーちゃん大好き」
「こういう時だけ、調子のいいヤツめ。全く、誰に似たんだか……」
俺は無意識に足をブラブラと揺らしながら、鼻歌交じりに宿題の問題を解いていく。
すると入口が開く音と共に、店内にベルの音が鳴り響く。
従兄弟の涼ちゃんが、買い物から帰ってきたに違いない。
「涼ちゃんおかえりー……」
俺は振り返りながらそう声をかける。案の定、入口には従兄弟の涼ちゃん……と、一緒に小さい姿が見に入る。
「あの、おじいちゃん……」
俺と同じ年くらいかな? 女の子は紙袋を抱えている涼ちゃんの反対の手を、ギュッと握っている。
「涼ちゃん、誰、その子?」
俺の質問で、作業をしていたじーちゃんが女の子に気づく。じーちゃんは首を傾げて、俺と同じく涼ちゃんに質問する。
「涼介、誰だその子は?」
涼ちゃんは女の子に「大丈夫だよ」と言うと、手を引いてカウンターに近づく。
「ただいま、おじいちゃん、陽ちゃん。えっと、この子は帰ってくる途中に、迷子になって泣いているのを見つけて……」
さすが涼ちゃん。迷子の女の子に、手を差し伸べる優しさ。紳士でジェントルだねぇ。
「あ、あのね、猫ちゃんの、あと、を、追い……追いかけてたらっ。パパ、と、ママ……と、はぐれちゃって……それで……」
女の子は泣きそうになるのを堪えながら、代わりにスカートの裾を握る。
「なるほど、事情は分かった」
じーちゃんは棚からグラスを三つ取り出すと、女の子を手招きする。
「お嬢さんは、卵や牛乳は飲めるかな?」
「の、飲める……よ?」
戸惑う女の子に、じーちゃんは優しくほほ笑みかける。
「ちょうどいいものが出来たんだ。お嬢さんも一緒にどうかな?」
女の子は涼ちゃんをチラッと見る。涼ちゃんもじーちゃんと一緒で、優しく笑って頷く。
「大丈夫だよ。じーちゃんちょっと怖い時もあるけど、じーちゃんの作るものは全部美味しいよ」
「陽太!」
「陽ちゃん……」
俺はじーちゃんからゲンコツを食らう。じーちゃんのゲンコツは金槌で殴らたみたいに痛いから、俺は頭を抑えてカウンターに突っ伏す。
俺とじーちゃんのやり取りを見て、女の子は緊張の糸が解けたのか。クスクスと小さく笑い始めた。
じーちゃんが女の子を軽く持ち上げて、イスに座らしてあげる。
そして三人並んだ俺たちの目の前には、氷で冷たく冷やされた飲み物が置かれる。
女の子は首を傾げては、マジマジと飲み物を見ている。
「これ、なに?」
「じーちゃん特製のミルクセーキ。すっげー美味いの」
「美味しいから、君も試しに飲んでみなよ」
俺と涼ちゃんにすすめられて、女の子はおずおずと一口飲んで見る。
すると、女の子の顔が一気に明るくなった。
「……! 美味しい!」
俺と涼ちゃん、じーちゃんはにっこりと笑う。
「だろー?」
じーちゃんの特製ミルクセーキは、普通のミルクセーキとは少し違う。
隠し味にコーヒーが入っていて、それが甘すぎずにスッキリとした味になってるんだ。
「ふふっ。おじいちゃんより陽ちゃんの方が嬉しそうなの、ちょっとおかしいね」
「俺は大好きなじーちゃんの、大好きな特製ミルクセーキが褒められて、心底嬉しいのだよ」
俺が「えっへん」と言うと、どうしてだかじーちゃんに再びゲンコツをされる。
「なんでだよー。俺、今ちょー褒めてたのにー」
「調子乗るからだ、バカタレが」
俺が不貞腐れてると、涼ちゃんが「おじいちゃん、嬉しいんだよ」と、耳打ちしてくる。なんだよー、嬉しいなら嬉しいってはっきり言えよなー。ちぇー。
「さっき知り合いのお巡りさんに連絡しておいたから、それを飲み終えたら一緒にパパとママを探しに交番に行こうね」
「うん!」
特製ミルクセーキを飲み終えた女の子は、じーちゃんと一緒に交番へと向かう。
俺と涼ちゃんは店番も兼ねて、そこで女の子と別れた。
「……あ」
そういえば、名前聞くの忘れてたな。
じーちゃんの特製ミルクセーキ、気に入ったらまた飲みに来てくれるかな?
******
「……ん、よ……ちゃん……よう……ちゃん……陽ちゃん」
「んぁ……?」
ゆさゆさと肩を揺さぶられて、俺は目を覚ます。
眠気まなこを軽く擦って上半身を起き上がらせれば、大きくなった涼ちゃんが目の前にいた。
「あれ? 涼ちゃんが大きくなってる?」
「何言ってるの、陽ちゃん。寝ぼけてるの? 僕は別に大きくなってないよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。もー、陽ちゃんったら。勉強サボって居眠りしちゃって」
そう言われてカウンターのテーブルを見れば。開きっぱなしの教科書に、解きかけの問題集が広がっている。そうだ、俺は夏休みの課題をしながら、途中で飽きて寝てしまったのだ。
「あー……でもなんか、おかげで懐かしい夢見たよ」
「『懐かしい夢』……?」
俺は頭を掻きながら頷く。
「俺と涼ちゃん……あとなんか知らない女の子と一緒に、じーちゃんの特製ミルクセーキ飲んだ時の」
「あー……そういえば、そんなこともあったね」
涼ちゃんは顎に手を当てながら、うっすらと思い出したようだ。
「『猫を追いかけてたら迷子になった子』でしょ? 懐かしいね」
「多分あの子は、俺の夏休みの宿題やってる時の予想外のハプニング大賞、堂々の第一位だね」
「そこまでいっちゃうの……?」
俺が「うんうん」と頷いてると、涼ちゃんは苦笑いする。
すると涼ちゃんが「あっ」と、何か思い出したようだように声を上げる。
「そういえばその子……
「
夏風碧さんは、この喫茶店の常連さんの一人だ。
「『猫を追いかけてたらウチの店に来た』ってところとか」
「あー……」
涼ちゃんから以前聞いた、碧さんの話。確かに似てるかも?
「意外と本人だったりしてね」
「それはそれで面白いね」
俺と涼ちゃんは、二人して盛り上がる。
すると、入口が開く音と共に、店内にベルの音が鳴り響く。
噂をすれば何とやら。入ってきたのは、先程話していた碧さん本人だった。
「こんにちはー」
「え、何このタイミング。マジで神ってんじゃん」
「……? 何の話ですか?」
「陽ちゃん! な、なんでもないです。いらっしゃい、夏風さん」
俺は宿題をカバンに片付けると、涼ちゃんからエプロンを受け取って身につける。
それじゃあ、今日も今日とて。真面目な勤労青年として、一日頑張りますか。