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第13話



 重く霞んでいく意識の向こうから、なぜか三人娘のじゃんけんの声が聞こえてくる。


 歓声を上げたリリーが、どうやら勝ったらしい。


(何のためにじゃんけんなんか……)


 いくら考えてみようとしても、疲労のせいでうまく頭が回らない。


 やがてうつらうつらと微睡み始めた頃、ようやくその理由が明らかとなった。


「あン、勇者様ぁ、すごぉい……!」


 夜の静寂を破る、リリーの甘やかな声。


 弾かれるように一瞬で脳が覚醒して、耳が巨大化する。


 この声は明らかに──アノ声だ。


(チェリーボーイが寝てるすぐそばで……ましてや他の女の子がいる横で、何やってんだよ、馬鹿勇者!)


 心の中で吐いた怒声は、当然本人に届くはずもない。


「あぁ、リリー……!

もう勘弁してくれ!」


「らめぇ、もっとぉ~!」


 周りの事など気にも留めていないのであろう、二人の熱気が高まっていく。


 一体全体、こいつらの関係はどうなっているのだろう。


 男一人を女三人がじゃんけんで奪い合い、勝った者がまぐわう権利を得る。


 例えそれが四人で決めたルールだとしても、負けた二人は嫉妬したりしないのだろうか。


 気になってドラゴンの巨体の陰から覗くと、テントのそばで談笑しながら火の番をしているライラとロザリエの姿が見えた。


 平然としている負け組の様子から察するに、三人娘は勇者を共有財産とみなし、独占しようとは考えてもいないようだ。


 勇者にとっては、紛う事なきハーレムだ。


(く……ッ!

ただれてやがる……‼︎)


 俺はギリギリと歯噛みしながらドラゴンの腹枕に戻り、今にも爆発しそうな股間を押さえた。


 俺とて、お年頃のいち男子だ。


 色事に興味がないといえば、嘘になる。


 しかし顔見知り同士のそれには、何となく嫌悪感を覚える。


 出歯亀する気すら起きない。


 それなのに、心で軽蔑していてもちゃっかり反応してしまう、ピュアで素直な己の体が憎い。


(早く終われ終われ終われ!

とっとと果てろ!)


 拷問のような時間の終焉を願うと、それは間もなく叶えられた。


 ふしだらな騒音がひとしきり響いた後、絶頂を思わせる嬌声を最後に、辺りが再び静寂に包まれる。


 ようやく嵐が過ぎ去ってくれたようだ。


 大層な苦難だったけれど、勇者が思いの外早かった事が、せめてもの救いだ。


(やれやれ……)


 寝直そうとしても、頭も体もすっかり興奮状態になっていて、どうにも寝付けそうにない。


 目を閉じればチェリーボーイのスキル“たくましい想像力”が発動して、煩悩が暴れる。


 悶々として結局一睡もできないまま、俺は朝を迎える羽目になった。




     ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




 足の裏の皮がベロンとむけた経験のある者は、それほど多くないはずだ。


 俺はむけた。


 たった三日の旅によって、何度もズルむけた。


「やっと……着いたぁぁぁぁぁっ!」


 夕陽に染まる隣町の防護壁が見えた時、思わず涙が目尻にしみ出した。


 越えた丘、二つ。


 抜けた森、二つ。


 モンスターに襲われる事、五回。


 積んだ経験値、プライスレス。


 たかだか隣町まで移動するだけの事が、まさかこんなにも過酷だとは思わなかった。


 ただその分、ゴールが見えた時の感動もひとしおだ。


「やっと……やっとまともな飯が食える!

風呂に入れる!」


 杖にしていた棒切れを頼りに、俺は全速力で門へと向かう。


 閉門の日没までにたどり着けて助かった。


 けれども息をついている暇などない。


 何はなくとも、まず金だ。


 王立銀行が閉まる前に金を下ろさなければ、飯も食えないし、宿も取れない。


 俺はファイヤードラゴンに町の外で待つよう命じ、抜き身のままの魔剣に手ぬぐいを巻きつけてから、門をくぐった。


 月に一度は来ていた町だから、勝手は分かっている。


 迷う事なく目的地へ進む俺の後を、勇者一行はお気楽に談笑しながらついてくる。


 どうやらここで解散という訳にはいかないようだ。


(……もしかして、こいつらの経費も俺が持たなきゃいけない感じなのか?)


 そもそも俺は、こいつらのパーティーのリーダーになったつもりはない。


 出立前に、はっきり断ったはずだ。


 しかしこの三日の旅で、かなり世話になってしまった。


 身一つで町を出てきた俺は、当然、飲み水も食料も持っていなかった。


 そのため奴らが道中で狩った獲物を一緒に食べたり、それが手に入らない時は、携帯食料をそれぞれの食い扶持から少しずつ分けてもらった。


 俺は水の調達すらしていない。


 おまけに不意に襲い来るモンスターを率先して倒し、守ってくれた。


 勇者に至っては、足の裏のズルむけた俺をおぶってくれたりもした。


 明らかな借りだ。


 しかも生命にかかわるほど大きな。


 けれど俺は経験上、他人に借りを作る恐ろしさというものを知っている。


 ──それは初等教育過程に在籍している頃の出来事だった。


 縦笛のジョイント部分に塗る固形油を切らした俺は、仕方なく隣家を訪ね、メリッサにそれを借りた。


 翌日に控えていた苦手な笛のテストの事で、頭がいっぱいだったのだろう。


 幼い俺は夢中で笛を吹きすさび、固形油をうっかり返し忘れてしまった。


 取るに足らない小さなミスでも、がめついメリッサが見逃してくれるはずがない。


 たった一週間借りていただけなのに、新品の縦笛が買えるほどの金を請求され、結局小遣いから分割払いという形で、きっちり満額プラス利息分を巻き上げられてしまった。


 借りは早めに精算しておかないと、後が怖い。


 これが己の身をもって学んだ教訓だ。


(くそ……!

あの時、仕返しにあいつの縦笛、ベロベロに舐めてやるんだった!)


 過去を反省しながら、俺は勇者一行に借りを返す術を模索する。


 単純馬鹿で欲望に忠実なこいつらの事だ。


 それほど心を込め財布に負担のかかるお返しをせずとも、どうにかなるだろう。


 王立銀行の窓口で気持ち多めに預金を引き出した俺は、建物の外でおとなしく待っていた勇者一行に、どんと大見得を切ってみせる。


「よし、お前ら!

ここまで世話になった礼に、今日の晩飯代は俺が持ってやる!」


 途端に上がる歓声。


 いい反応だ。


 あとはこいつらの腹を満杯にして引っ込みがつかない状態にしてから、貸し借りの清算と解散の宣言をすればいいだけだ。


 俺の魂胆に気付きもせず、大声で無邪気にはしゃぐ勇者一行の様子に、必然的に通行人の注目が集まる。


 おまけに面倒事まで近寄ってきた。


「ちょっと君、いいかな?」


 声をかけてきた男の深緑色のマントは、全ての都市や町村へ、治安維持のために派遣されている、国家警備隊の象徴。


 しまった。


 三日も一緒にいたせいで、すっかり目が慣れてしまっていた。


 そういえばこの勇者は、変態的な格好をしていたのだった……!




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