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第14話



 不審者丸出しのファッションの勇者をジロジロと眺め回しながら、警備隊員の男が質問を投げていく。


「君、職業は?

何なんだね? その格好は」


「ははははは! 『何だ君は』って!

オレの事を知らないなんて、お兄さん、さてはこの町に赴任して間もないな?

憶えておいてくれ、オレは勇者だぜ!

そしてオレが装備してるこの風の羽衣は、その名の通り風のようにモゴッ!」


 俺は自慢気に胸を張る勇者の口を、大慌てで塞いでやった。


 なぜならば、こんな卑猥なコスチュームを身にまとって、さらに頭が沸いているとしか思えない受け答えをしたら、問答無用で牢屋にぶち込まれてしまうからだ。


 勇者だけなら、捕まろうがどうなろうが一向にかまわない。


 けれど連れである俺まで拘束されたら、たまったものではない。


 さりげなく勇者と警備隊員の間に割って入り、俺は客商売用に培ったスキル“人好きのする笑顔”を浮かべてみせた。


「すいませんすいません!

じつはここへ来る途中、こいつ追い剥ぎに遭いまして。

すぐにマント買って着せますんで、見逃してやってください!」


 そして続けざまに男の手を取り、へりくだって懇願してみせる。


「ねっ? お願いしますよ!」


 これはもちろん、友好の握手などではない。


 にぎにぎ握っている手の中には、数枚の銀貨が仕込んである。


 役人に贈賄が通じるかどうかは、その人物の道徳意識のいかんによる。


 潔癖な者だったら、それこそ逆効果だ。


 しかし俺は勝ちを確信していた。


 なぜならばこの警備隊員からは、ほのかに酒の匂いがするからだ。


 勤務中に飲酒するような奴が、賄賂を受け取らないはずがない。


 案の定、まんざらでもなさそうな顔で口頭注意だけを残し、あっさりと去っていってくれた。


 これでどうにか一件落着だ。


 額に浮かんだ嫌な汗を手の甲で拭い、安堵の息を吐く俺。


 対して口上を遮られた勇者は、不満そうに唇を尖らせる。


「どうして嘘までついて止めたんだ、武器屋⁉︎

自慢すべき素晴らしい装備だぜ、この風の羽衣は!」


「えーと……それは分かるけどな。ほら、あれだ。

希少な装備をこれ見よがしに露出して歩いてたら、本当に追い剥ぎに遭うかもしれないだろ?

余計なトラブルを避けるためにも、隠しておいた方がいいんだよ」


「なるほど。やっぱり武器屋は思慮深いぜ!

分かった、町中ではマントで隠しておく事にするぜ!」


 ──勇者がアホで助かった。


 仕方なく露店で適当なマントを買ってやり、マンキニを封印させてから、俺は周囲を見回す。


 まだ陽が落ちきっていないため、飲食店のほとんどがディナータイムの開店前だ。


 唯一早めに開いているのは、酒場くらい。


 さっさと食べてさっさと解散したい俺に、選択肢はない。


「よし、じゃあ、そこの酒場で食事にしよう。

もちろん俺のおごりだ。

この三日間、世話になった礼だから、遠慮はいらねぇ。

酒も料理もデザートも、好きなだけ頼め!」


「わぁい! 武器屋さん、太っ腹ぁ!」


「少しだけ見直したぞ、武器屋」


「嬉しい~!

もうお腹ペコペコだったんです~」


 湧き上がる歓声にしたり顔で頷いてみせ、勇者一行をぞろぞろと引き連れて、酒場へ入っていく。


 初めての店だから少し不安ではあったけれど、中はどうって事ない。


 酒樽をテーブルにしているような、よくあるタイプの大衆酒場だ。


 ちょっとした舞台があるので、夜が更けたらショーなども開催されるのだろう。


 席についてすぐ、店員さんに配られたメニューを見て、俺は迷わず「揚げ鶏のディナーセット」を選んだ。


 値段の割に申し分なさそうなボリュームだから、これで充分だ。


 勇者と三人娘は目を輝かせ、なおかつヨダレをジュルジュルさせながら、矢継ぎ早にオーダーしていく。


「えーと、まずは葡萄酒を1樽!

それとオレ、メニューのこっからここまで!」


「アタシは肉料理、全部」


「甘いの食べたいから、とりあえずデザート全種類くださぁい」


「えーと、私は麺類を全制覇したいです~」


 初めて聞く豪快なオーダーの仕方に、俺の顔から津波の前の引き潮のごとく、一気に血の気が引いていく。


(嘘だろ……⁉︎)


 遠慮するなとは言ったけれど、まさかこんなにも大量に頼まれるとは思っていなかった。


 懐の具合が心配になって、追加オーダーをするふりで、さりげなくメニューを眺めてみる。


 オーダーした合計金額と、さっき下ろした金額。


 素早く暗算し、照らし合わせてみた直後、冷や汗が止まらなくなった。


(下ろした金、全部吐き出しても、全っ然足りねぇ!)


 王立銀行はもう閉店している頃合いだから、預金を下ろす事もできない。


 大見得を切ってしまった手前、今さらキャンセルだとか割り勘だとか言い出すのは、男として情けない。


 一体どうしたら、このピンチを乗り越えられるだろう。


 救いを求めて彷徨わせた視線が、ふと舞台の端に立てかけてある看板に留まった。


『毎晩ショー開催!

飛び入り参加、大歓迎!』


 ピン! と頭の中に妙案が閃くのに、一呼吸もいらなかった。


「勇者……」


「ん? 何だ、武器屋?」


「風の羽衣、自慢したいんだよな?」


「あぁ、そりゃしたいぜ!

こんな希少な装備、滅多に手に入るものじゃないからな!」


「よし、今がその時だ!

舞台に上がれ! そして踊れ‼︎」


 風の羽衣を封印させた俺が正反対の事を言い出したのは、他でもない。


 金のためだ。


 ショーといえばおひねり、おひねりといえばショー。


 まだ客席が半分ほどしか埋まっていないけれど、一人あたり銅貨一枚、五百ペスずつくれたとしても、そこそこの儲けになる。


 こいつの無駄に整った顔と、無意味に露出度の高い装備も、きっと役に立つはずだ。


 半数を占める女性客が、銀貨や金貨を出す可能性だってある。


 そうなるとここの支払い分を差し引いても、黒字になるだろう。


 いやらしい算段を立てた俺は、心の中でおおいにほくそ笑んだ。




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