不審者丸出しのファッションの勇者をジロジロと眺め回しながら、警備隊員の男が質問を投げていく。
「君、職業は?
何なんだね? その格好は」
「ははははは! 『何だ君は』って!
オレの事を知らないなんて、お兄さん、さてはこの町に赴任して間もないな?
憶えておいてくれ、オレは勇者だぜ!
そしてオレが装備してるこの風の羽衣は、その名の通り風のようにモゴッ!」
俺は自慢気に胸を張る勇者の口を、大慌てで塞いでやった。
なぜならば、こんな卑猥なコスチュームを身にまとって、さらに頭が沸いているとしか思えない受け答えをしたら、問答無用で牢屋にぶち込まれてしまうからだ。
勇者だけなら、捕まろうがどうなろうが一向にかまわない。
けれど連れである俺まで拘束されたら、たまったものではない。
さりげなく勇者と警備隊員の間に割って入り、俺は客商売用に培ったスキル“人好きのする笑顔”を浮かべてみせた。
「すいませんすいません!
じつはここへ来る途中、こいつ追い剥ぎに遭いまして。
すぐにマント買って着せますんで、見逃してやってください!」
そして続けざまに男の手を取り、へりくだって懇願してみせる。
「ねっ? お願いしますよ!」
これはもちろん、友好の握手などではない。
にぎにぎ握っている手の中には、数枚の銀貨が仕込んである。
役人に贈賄が通じるかどうかは、その人物の道徳意識のいかんによる。
潔癖な者だったら、それこそ逆効果だ。
しかし俺は勝ちを確信していた。
なぜならばこの警備隊員からは、ほのかに酒の匂いがするからだ。
勤務中に飲酒するような奴が、賄賂を受け取らないはずがない。
案の定、まんざらでもなさそうな顔で口頭注意だけを残し、あっさりと去っていってくれた。
これでどうにか一件落着だ。
額に浮かんだ嫌な汗を手の甲で拭い、安堵の息を吐く俺。
対して口上を遮られた勇者は、不満そうに唇を尖らせる。
「どうして嘘までついて止めたんだ、武器屋⁉︎
自慢すべき素晴らしい装備だぜ、この風の羽衣は!」
「えーと……それは分かるけどな。ほら、あれだ。
希少な装備をこれ見よがしに露出して歩いてたら、本当に追い剥ぎに遭うかもしれないだろ?
余計なトラブルを避けるためにも、隠しておいた方がいいんだよ」
「なるほど。やっぱり武器屋は思慮深いぜ!
分かった、町中ではマントで隠しておく事にするぜ!」
──勇者がアホで助かった。
仕方なく露店で適当なマントを買ってやり、マンキニを封印させてから、俺は周囲を見回す。
まだ陽が落ちきっていないため、飲食店のほとんどがディナータイムの開店前だ。
唯一早めに開いているのは、酒場くらい。
さっさと食べてさっさと解散したい俺に、選択肢はない。
「よし、じゃあ、そこの酒場で食事にしよう。
もちろん俺のおごりだ。
この三日間、世話になった礼だから、遠慮はいらねぇ。
酒も料理もデザートも、好きなだけ頼め!」
「わぁい! 武器屋さん、太っ腹ぁ!」
「少しだけ見直したぞ、武器屋」
「嬉しい~!
もうお腹ペコペコだったんです~」
湧き上がる歓声にしたり顔で頷いてみせ、勇者一行をぞろぞろと引き連れて、酒場へ入っていく。
初めての店だから少し不安ではあったけれど、中はどうって事ない。
酒樽をテーブルにしているような、よくあるタイプの大衆酒場だ。
ちょっとした舞台があるので、夜が更けたらショーなども開催されるのだろう。
席についてすぐ、店員さんに配られたメニューを見て、俺は迷わず「揚げ鶏のディナーセット」を選んだ。
値段の割に申し分なさそうなボリュームだから、これで充分だ。
勇者と三人娘は目を輝かせ、なおかつヨダレをジュルジュルさせながら、矢継ぎ早にオーダーしていく。
「えーと、まずは葡萄酒を1樽!
それとオレ、メニューのこっからここまで!」
「アタシは肉料理、全部」
「甘いの食べたいから、とりあえずデザート全種類くださぁい」
「えーと、私は麺類を全制覇したいです~」
初めて聞く豪快なオーダーの仕方に、俺の顔から津波の前の引き潮のごとく、一気に血の気が引いていく。
(嘘だろ……⁉︎)
遠慮するなとは言ったけれど、まさかこんなにも大量に頼まれるとは思っていなかった。
懐の具合が心配になって、追加オーダーをするふりで、さりげなくメニューを眺めてみる。
オーダーした合計金額と、さっき下ろした金額。
素早く暗算し、照らし合わせてみた直後、冷や汗が止まらなくなった。
(下ろした金、全部吐き出しても、全っ然足りねぇ!)
王立銀行はもう閉店している頃合いだから、預金を下ろす事もできない。
大見得を切ってしまった手前、今さらキャンセルだとか割り勘だとか言い出すのは、男として情けない。
一体どうしたら、このピンチを乗り越えられるだろう。
救いを求めて彷徨わせた視線が、ふと舞台の端に立てかけてある看板に留まった。
『毎晩ショー開催!
飛び入り参加、大歓迎!』
ピン! と頭の中に妙案が閃くのに、一呼吸もいらなかった。
「勇者……」
「ん? 何だ、武器屋?」
「風の羽衣、自慢したいんだよな?」
「あぁ、そりゃしたいぜ!
こんな希少な装備、滅多に手に入るものじゃないからな!」
「よし、今がその時だ!
舞台に上がれ! そして踊れ‼︎」
風の羽衣を封印させた俺が正反対の事を言い出したのは、他でもない。
金のためだ。
ショーといえばおひねり、おひねりといえばショー。
まだ客席が半分ほどしか埋まっていないけれど、一人あたり銅貨一枚、五百ペスずつくれたとしても、そこそこの儲けになる。
こいつの無駄に整った顔と、無意味に露出度の高い装備も、きっと役に立つはずだ。
半数を占める女性客が、銀貨や金貨を出す可能性だってある。
そうなるとここの支払い分を差し引いても、黒字になるだろう。
いやらしい算段を立てた俺は、心の中でおおいにほくそ笑んだ。