「つまるところ、足手まといになるのが嫌だったわけだ」
「彼女の実力はあの街で一番の腕だ。というより、本来あんな所にいていい逸材では無い。我々といてはそれを腐らせてしまう」
「かなりとっつきにくい性格してるけど、良い子なのよね。素直に話しても聞いてくれると思わなかったから、無理やり追い出すくらいが後腐れも無いと思ってね」
「と言っても、私達で五十回目のパーティ解消らしいんだけど。きっとみんな同じ理由なんじゃないかな」
冒険者ギルドがある街から離れた小さな村。
そこにある飯店で、アピタと組んでいた元メンバーはある白いジャケットの男と食事をしながら話をしていた。
アピタはあの街では有名な冒険者で、その実力は少なくとも駆け出しの冒険者達の街で燻っていていいレベルでは無い。
しかし、彼女は冒険者の推奨するパーティでの冒険に固執していた。
危険の伴う職業である為、ギルドは原則として多人数での冒険を勧めている。それを彼女は頑なに守っているのだ。
リーダーは言う。
「確かにギルドの言い分も分かる。しかしあくまで原則なんだ、彼女のレベルなら一人でも十分にやっていけるだろう。それも遥か昔に魔物達の凄む大陸に渡っていていい程だ。俺達が彼女の足枷になるわけにはいかない」
アピタは非常に自信に溢れていて、自分の行いに間違いがあるとは思っていない。実際善人であるのも疑いが無い性格だが、他人も自分と同じであると思っている節がある。そして、それは完全に間違っているという訳ではないのだが……。
彼もまた、アピタの性格上自分たちがお荷物になるとは毛程も感じはしないだろうと考えた。考えたからこそ、アピタの為にも追放する事を思いついたのだ。それまでアピタが組んできたパーティの人間と同じように、その将来性を邪魔したく無かった。
思いの丈を話すだけ話したら、感情を多分に含んだようなため息を付くリーダー。彼もまた善人に近い気質である為に、己の選択に後悔もあるのだろう。
傍らのパーティメンバーの二人も、そんな彼を気遣うようにその背中を擦る。この様子を見るにパーティ中は決して悪くは無かった事が窺い知れる。
白いジャケットの男は自分の知りたい話を聞けた満足したのか、それ以上深く聞こうとはしなかった。
また、彼らの考えとしては、とりあえず金は稼げるのだからしばらくはこの村を基点に活動し、金銭と己の経験値稼ぎに勤しむという。
「ありがとよ。話題の女騎士の話ってのを、ちょっと耳に挟んだ程度じゃわからないもんだからな。これで少しはすっきりしたぜ」
そう言って男は勘定を置いて立ち上がると、そのまま店を出て行った。
残された三人は男が置いていった金を見る。そこにあったのは金は金でも指先大の金塊であった。
軽く摘み上げられる程度の大きさしか無いそれは、しかし、四人分の食事を賄ってあまりある価値がそこにはあった。
三人は内心驚くと共に不思議だった。
あの男にとっては、それだけの価値のある話だったという事なのだろうか?
半ば狐につまれた気分のまま、彼らはまだ暫くの間そのテーブルから離れられなかった。
◇◇◇
白いジャケットの男は、店を出ると森の中を歩いていた。
その道は馬車が問題なく通れるように舗装されてはいたが、近年における邪神復活の兆しによる魔物の凶暴化及び人里近くでの異常発生によってか、その整備は完璧とは言えない状態であった。
森の木々は好き放題に枝を伸ばし、道を覆い隠さんばかりだ。
そんな中を白いジャケットの男はまるで慣れ親しんでいるかのように、その足取りは淀みない。
時折吹く風が男の髪を揺らし、その顔にかかった髪を払う。
しばらく歩くと、木陰に何かが揺れる姿が見える。
それは男の姿を確認し、その動きを観察するように緩やかな動きのみを見せていたが、問題無しと判断したのだろう、サッと木陰から飛び出しては男の前へと踊りでる。
男の前に出る存在は、毒々しい奇抜な色合いをした、全身が針だらけの巨大な芋虫だ。
しかしそのサイズは、一般的な人間の成人男性より大きく、更にはその体からは幾本もの触手が伸びていた。
それは見るものに嫌悪感を与えずにはいられない醜悪な姿をしており、その瞳は赤く、爛々と輝いている。
「一人で居りゃあ、こんなもんも出るか。……しっかし気味が悪いなぁ、マスコットには到底なりゃしねぇ」
異形の化け物が目の前に現れたというのに、白いジャケットの男は淡々とその容姿を貶し始める余裕の表情。
人間の機敏など理解出来る筈もないその魔物―――ロドワームは、まるで男の言葉に怒りを見せるかのようにその口から粘液を滴らせながら襲い掛かる。
その巨体に似合わぬ素早い動きで飛び掛ると、その勢いを利用して口器を突き刺そうとする。
途端男がジャケットの内側に腕を入れると、筒のような物を取り出す。
右手に握ったその筒を、ロドワームへと向けて振り下ろす。
するとどうか、今にも男を刺し殺そうとしていた捕食者は、その後の男の肉と体液を貪り食らうという妄想と共に真っ二つに両断される。
そこに痛覚は無い。感じる間も無くこの世を去ったのだ。
「いや、流石のさっすが。お利口な切れ味でござい」
一切の焦燥も見せる事無く、男は右手の筒に目線を落とす。
いや、それは筒では無い。いつの間にか、その筒から先に刃が生まれていた。
そう筒は柄であり、そこから刀身が伸びている。
男はそれを無造作に振るうと、その血糊を払い落とす。
そんな男を睨むものあり。
上空には太陽がある。しかし、その太陽の光を浴びるようにして、黒い影が浮かぶ。
大きな翼を広げたその存在が、男を覗き込むようにして見ていたのだ。
それは一見鳥のようであったが、明らかに異質な生物であった。
全身が羽毛で覆われたその姿は一見可愛らしくも見えるが、その大きさがそれを否定する。
その頭身は男を遥かに凌駕していたからだ。
その鳥の化生はジッと暫く男を睨むと、何処かへと飛んでいった。
「さてと、いつまでもこんなトコに居るわけにもいかねぇし、とっとと行くか」
男はそう呟くと、右手に持っていた剣に変化が起こる。
何物も断ち切れかの如く鋼の威容を見せた刃は、突然無定形を形取り、柄の中へと収まっていった。
ただの筒に戻ったそれを、ジャケットの内側に忍ばせて男は再び歩き出す。
その足取りは、まるでピクニックに出かける未熟児のように軽いものであった。