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第32話 我らは勇猛である!

 アピタの気分はルンルンの猛り。


 自らを置いていったパーティに未練が無いわけではないが、己の力量不足と戒めつつも、すぐさま新しいパーティを組む事が出来た。

 まさしくこれが充実だろう。 


 新人二人の教育の意味を持つこの編成は、今までにない新鮮さがあった。


 自分より少し幼目の少女、ユールーは人懐っこく誰に対しても笑顔で接してくれるし、戦闘においては自分がフォローすれば良い。


 それに筋がよく、乾燥ヘチマのように教えた事を吸収していくのだから教える方としても楽しくなる。自分に妹がいたらこのような感覚なのだろうと思う程に気に入っていた。


 もう一人の人物、ユールーの兄であるアルフェンは中々に堅物で常に眉間にシワを寄せているような人物である。


 彼はコミュニケーションが苦手なのだろう、必要以上にアピタへと話しかけては来ない。それを、アピタなりに好意的解釈を行った結果、大変にシャイな人物で有ると理解した。


 であれば後は簡単な話だ。持ち前のスキンシップ能力で彼との距離を埋めていけばいい。そうすれば、彼の氷のような心も溶け、やがて暖かい春が訪れるに違いない。


 それに彼らの連れている白猫、マキナ。ペットを同行させるだなんて、なんと可愛らしい事か。


 アピタはこのパーティならばいよいよ、旅立ちの街を飛び出して念願の冒険に出る事が出来ると確信していた。



 現在、アピタ達がいるのは街近くにあるビギナー冒険者向けのダンジョン内であった。

 街の周辺には初心者でも簡単に攻略できるダンジョンがいくつか存在し、そこを探索する事で経験を積みつつ、金銭を稼ぐ事も出来る。


 当然ながら危険な事もあるが、そこはパーティを組んでいる以上はお互いにカバーし合えば問題無い。

 実際に何度かモンスターとの遭遇はあったものの、なんら問題とならずに尽くを薙ぎ倒していった。


「いや、愉快愉快! やはり冒険者たる醍醐味というのは、パーティでのダンジョン探索にこそある!」


「でしょでしょ。それに、アピタさんったらもう強いもん! 何の心配も無いよね、カッコイイよ!」


「ははは! 当たり前な事でも改めて言われると、照れるじゃないか。うん、ユールー君も実に筋が良くて将来有望だ。この私に比肩する日もそう遠くない事だろう! いやぁ待ち遠しいな」


「ええホント? 嬉しいなー。ボクも頑張るからさ、一緒に強くなろうね?」


「うむ、共に励んでいこうではないか。そして、いずれは――」


「目標を語るのもいいがな、そろそろ最深部に着くぞ。準備しておけ」


「あ、はいはーい。了解しました隊長殿!」


「何だそれは? その敬礼も止めろ」


「もう、ノリ悪いなぁお兄ちゃんったら」


 にゃぁん。



 そんなやり取りをしながら三人と一匹は洞窟の最奥へ到達する。

 そこには巨大なクリスタルが設置されており、内部では青白い光が瞬いていた。


 これは、魔力の源であり、これを破壊してしまう事で周囲に満ち溢れたマナが枯渇してしまい、魔物達は魔力を使えなくなってしまうのだ。

 これを破壊する事は即ち、ダンジョンの攻略を意味する。


 故にダンジョンには強力なガーディアンが存在し、クリスタルを守っている。

 つまり、ここを踏破すれば晴れて冒険者としてのスタートを切ることが出来る訳だ。


「では、早速だが……始めるとしようか」


 そう言ってアピタが一歩前に出て剣を構える。

 すると、背後にいたアルフェンが口を開いた。


「待て」


「む? どうしたんだいアルフェン君。まさか怖気づいたのかい?」


「そうではない。……来る」


「はっはっは、大丈夫だよ。確かにここには強いモンスターが居るけど、今の我々にとっては決して驚異という訳ではない。むしろこの試練を超える事で冒険者として一皮剥けるというものだよ!」


「っ、とにかく上だ! 何か来るぞ!!」


「えぇ!? 一体どこだい、どこに敵が……ッ!!?」


 瞬間、アピタの身体は強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

 壁に衝突し、そのまま地面に倒れ伏す。


「ぐぅ、く……」


「アピタさん!」


 ユールーは悲鳴を上げて、アピタへと駆け寄る。


 彼女たちがいる最深部、吹き抜けとなっている上空から降りてくるものがある。

 大翼を広げ悠然と舞い降りるその姿は、鳥の如き異形であった。


 その全長は優に四メートルを超えており、体表は黒い羽毛で覆われている。頭部からは捻じ曲がった角が伸び、ギョロリとした眼は赤く染まっていた。


「グォオオオオッ!!!!」


 怪物は耳をつんざくような雄叫びを上げて、クリスタルの前に立つ。


 その怪鳥の名は、ガルドロア。

 冒険者達の間では危険度Aランクに指定されている、凶悪で、この近辺にはまず存在しないはずの高位の魔物である。


「グルルルルゥウウッ……」


 ガルーダは鋭い視線で周囲を見回し、やがてアピタとユールーを捉えるとその嘴を大きく開いた。


 次の瞬間、そこから突風が吹き出される。

 渦を巻き、周囲の物を吸い込んでは切り裂くその攻撃は、まともに喰らえば即死は免れないだろう。


「ッ! 避けろ二人共!!」


 叫ぶアルフェンの声に反応してその場を離れるユールー。しかし、アピタは立ち上がりこそしたものの、動こうとはしない。


「何をしている!? 死ぬ気か!!?」


「アピタさん!!」


「死ぬ気? ふっ、まさか。この私に膝を付かせた事は褒めてあげようだが、私はアピタ!! この舞台において敗北などありえないのさ!!」


 彼女はそう言い放つと腰に下げていた剣を抜き放ち、切先を向ける。


「よく見ているといい君達! この私の華麗なる剣の冴えを!!」


 そして―――走り出した。


 迫りくる暴風の中、臆することなく突き進む彼女の姿はとても勇ましい。まるで、自分の勝利しか見えないと言わんばかりな振る舞いだ。


 だが、実際にそうなのだろう。


「とぁあああ!!!」


 横薙ぎに振るわれたその剣、放たれた剣圧は暴風とぶつかり、一瞬の拮抗の後に完全に掻き消してしまったのだ。


「見たか?! 見たか!! この私の華麗な剣技を!!! これでもう君は手も足も出まい!!」


 剣を振り抜いた姿勢のまま、アピタは得意げに語る。

 対するガルーダは忌々し気に顔を歪め、今度は両翼を羽ばたかせ始めた。

 巻き起こる風に、アピタの髪がはためく。


 しかし、それすらも己を際立たせる演出であるかのように堂々とした笑みを浮かべる。


「か、か、か……! カッコイイィ~!!」


 ユールーが目を輝かせる。

 アルフェンは呆れ顔で、アピタを見た。

 今まさにガルドロアが攻撃を仕掛けようとしているのに、微塵たりとも焦りを見せていない。


(全く、この状況でよくあんな事を言えるものだ)


 ガルドロアの攻撃は強力だった。駆け出しの冒険者なら人生に幕を閉じる事は確実だっただろう。


 だが彼女はアピタ、そのような次元では生きてはいない。

 この場においても、ただひたすらに自分の美学を貫くのみ。それがアピタという女なのだ。


 故にだろう。アルフェンはもう彼女を信頼していた。

 この程度の窮地、彼女ならば容易く切り抜けられるだろうと。事実、それは正しかった。

 アピタは迫るガルドロアに対して真っ向から立ち向かったのだ。


 次は己の番。


 アルフェンは剣の抜き、獲物へと向けて構える。

 そして、それに続くようにユールーもまた、剣を構えた。


「行くぞ! ついて来い!!」


 二人は同時に地面を蹴ると、一気に加速して距離を詰めていく。


「「おぉおおおっ!!」」


「グルァアアッ!!」


 互いに武器を構え、激突。激しい金属音が鳴り響き、火花が散った。

 ガルドロアの羽毛は固く、鉄の如し。

 しかし、彼らの速度と力の乗った一撃を完全に防ぎ切れるものでは無かった。


 羽毛を貫き、肉を裂く。

 飛び散る鮮血と共に、悲鳴を上げるガルドロア。


「グァッ!? グゥウウウッ!」


「まだまだぁああっ!!」


 怯むガルーダに追撃を仕掛けるべく、ユールーはその身を低く沈める。

 そのまま地を這うようにして接近すると、下からの斬り上げを繰り出した。


「ハァアアッ!!」


 無防備な腹部から喉に掛けて深く切り裂かれたガルドロアは、苦痛の声を上げながら仰け反るように後退。が、その隙を逃す事無く、アルフェンは更に追い打ちをかけるべく踏み込んだ。


「ハッ!!」


「ガアアアアア!!」


 剣を振るい、翼を切り落とす。

 バランスを崩し、最早息も絶え絶えになったガルドロア。しかし、彼にも意地がある。

 下等な裸猿如きに、北方の奥地で生き抜いた自分がおめおめと引き下がるわけにはいかない。


 ガルドロアは最後の力を振り絞り、全身に力を籠めた。


「グルルル……!!」


 その体は瞬く間に膨張していき、やがてその姿は異形へと変貌していく。


「……成程、これはまた厄介だね」


「だが、やるしかないようだ」


 その体躯は先程よりも一回り大きく、筋肉はより強靭な物となる。

 しかし、無理な変身が祟って全身から血液が溢れ出す。

 それでも彼は戦いを止めようとしない。何故なら彼の心は折れていないからだ。


「ふぅー……」


 アピタは深呼吸をする。


「さて、そろそろフィナーレだ!!」


 カッと目を見開き、剣を顔の横に構える。そして、勢いよく剣を振り抜くと、剣閃が一直線にガルドロアの頭部へと向かっていった。


 対峙するガルドロアもさるもので、先程とは比べ物にならない程の魔力を喉へと蓄える。そこから放れるは恐らく大暴風。当たれば、今度こそ只ではすまない。


 その瞬間である。


 しなやかに、しかし、疾風が如くガルドロアの顔に飛びつく者が現れる。

 その白い影の名はマキナ。鋭く尖った猫の爪は、ガルドロアの片目を奪う。


「ガアアアアアアアアアアアア!!!?」


 突然の出来事に驚愕し、痛みに悶えるガルドロア。


(!? マキナ君ッ!!)


 驚くアピタであったが、跳躍した勢いを殺す事なく頭部へと飛びついた。


「おらぁああ!!」


 渾身の一撃で、彼女の持つ刃はガルドロアの首筋へ。首は落ち、胴体は崩れ落ちる。

 暫くの静寂が訪れる。


「……ふ、ふふふ、ふははははははっ!! やったぞ、ユールー君、アルフェン君!! そして、マキナ君!! 我々の勝利だ!!」


 アピタは、全身から打ち震えるような喜びを感じていた。


「やったね! これもボク達のお陰でしょ?」


「いやまったくだな。私の華麗さと君達の奮闘が、この完全なる勝利を導いたと言っていいだろう!! ああ、堪らない……っ! これこそがパーティの醍醐味だ!!」


「……そうか」


 アルフェンが呆れたように言う。

 そんなアルフェンの足元にやってきたマキナが、その足に顔を擦りつける。


 にぁ~お。


 どうやら労ってくれているらしい。


「ありがとう、マキナ君。君のおかげで助かったよ!!」


 そう言ってマキナを持ち上げようと体に触れようとするが、アルフェンの後ろに逃げられてしまう。


「ハッハッハ! 飼い主に似て君も中々シャイだな!!」


「私はそんな風に思われていたのか……」


「え~、間違って無いじゃんお兄ちゃん。全然ハグさせてくれないし」


「それは単純に鬱陶しいからだ」


 和気あいあいとしているのかいないのか、取り敢えずアルフェンはいつも通り辛辣だった。


 和やかな雰囲気が流れ始めたからだろう、誰も気づく事は無かった、

 ガルドロアの首が、微かに動いていた事に。首は少しずつ持ち上がり、やがてその眼光を露わにする。


 その瞳には未だ光が宿っており、残された魔力を用いてその体は浮かび始める。

 例え死に体といえど高位の魔物、その意地に突き動かされているのだ。


「危ない、二人共!」


 咄嵯に反応したのはアルフェンであった。

 ガルドロアの口が開かれ、そこから荒れ狂う嵐のような突風が巻き起こる。


 ……はずであった。


 瞬間、光の線のようなものがどこからか飛んでくる。

 その光を浴びたガルドロアは、走る衝撃に耐えられずに最後の気力すらも奪われて、ついにその命を絶った。


 一体何が起こったというのだろうか?


 アピタが疑問を口にしようとしたその時、自分たちが入ってきた入り口に誰か立っている事に気づく。


 左手に細く短い、杖のような何とも形容しがたい物を掲げた、白いジャケットの長身の男だ。


「おっと、いいとこ貰っちまったな」


「お前……」


 不敵に笑うその男、どうやらアルフェンの知り合いらしい。

 男はそれに構うこと無くアピタへと近づく。


「どうも初めまして。麗しいお嬢さんがアピタさんかい?」

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