その日は、新惑星から遠く離れた小惑星群にまで来ていたタライヤ。
あれやこれやと理屈を付けてモナーガを強引に引き連れ、スペースクルーザーで調査へと向かった。
調査の目的は、自分たちのいる星系に存在する物質の分析であった。
遥か遠くにある故郷、惑星プレイスティアに酷似した大気成分を持つ新惑星。
その周辺に存在する衛星等もまた、故郷の星系のものと似ているかどうかを調べる必要があったのだ。
因みに、タライヤは単なる整備員であり、このような調査は彼女の専門ではない。今回の件は個人的な趣味によるものである。
非戦闘員である彼女は、未知との遭遇も考慮した上で船外活動経験の厚いモナーガを道同させた。
「という事で頑張って下さい」
「何が、という事でなんだよ。俺今日非番だったんだぞ!」
「奇遇ですね、私もです。だから貴方を連れて来たんですよ」
「何がだからなんだよ。なんでお前はそんなに元気なんだ!?」
「私は今、とてもワクワクしています。こんな気持ちは久しぶりですよ。まるで子供の頃に戻ったようです」
「そうかい。そりゃ良かったな。でもな俺にはそんなワクワクは無いんだ。帰っていいか? いいよな」
「そうですか、とても寂しい方ですね。人間、心を踊らせられなくなったら老け込むそうです。あなたはもうすぐお爺さんですね。なんて可哀想な人なのでしょう」
「こ、このアマ……!」
そんなやり取りも過ぎ、いつも通りに渋々スーツを着込んで小惑星へと取り付いたモナーガ。
サーチ機能で詳細を探りつつ、目視による調査を始めたその時である。
「ん? 何でしょうか?」
スペースクルーザーの操縦席でコーヒーを飲んでいたタライヤ。
しかし突如として、レーダーが反応を示した事に気づく。
そして、モニターに映し出された光景を見て思わず絶句してしまった。
「モナーガさん、聞こえますか? とても不味い事が起きたようです」
「ああ、一体何があったって?」
モニターに移されていたものは、高速で移動する高エネルギー体であった。
それも大変な事に……。
「このエネルギー体、どうにもエネルギー総量は恒星一つ分に匹敵するみたいです」
「は、はあああ!!? ど、ど、ど、どういうことだそりゃっ!!!??」
モナーガの叫び声が木霊した。ような鬼気迫る雰囲気である。
当然、真空の宇宙に声は響かない。通信相手に届くのみだ。
「このままでは我々の新惑星に直撃は免れません。影響が出始めるのも後二時間と掛からないでしょう」
「うっそだろおい……ッ!!」
タライヤの報告にモナーガは慌てふためく。
だが、事態は既に一刻を争う状況となっていた。
このままでは、折角入植したばかりのフロンティアを失ってしまう。
しかし、現実に取れる手段は彼らには無かった。
(ど、どうする!? どうすりゃいい!? こんなの俺にどうこう出来る問題じゃねえぞ!! でもこのままじゃっ……! ああああ!! どうすりゃいいってんだ!!? 俺にはホントにどうにも出来ッ、……ん? そ、そうだ! この手がッ! 俺がどうにかする必要は無いんだ!!!)
モナーガは必至に頭を回転させた。普段使わない部分まで捏ねくり回し、そうしてある結論へとたどり着く事が出来たのだ。
「お、おいタライヤ! ちょ、ちょ、ちょっと待ってろよ!! 上手くいけば、上手くいくかもしれねえ!!」
「え? 急にどうしたんですか? 何をするつもりなんです?」
タライヤはモナーガの言葉に思わず声を上げた。
無理もない。いきなり大声で意味不明な事を言われれば誰だってそうなる。
「いいから待っとけよ!」
それだけ言うと彼はテレポートを使い、瞬間、この宇宙から居なくなった。
「モナーガさん……、まさか逃げたので?」
最早誰に届く事も無くなった声は、虚しく船内に響き渡った。
―
―――
―――――
それからどれ位時間が経っただろうか?
時間を確認するタライヤであったが、実のところまだ三十分程しか過ぎてはいない。
だが、エネルギー体は待ってはくれない。
その速さ、衰える事なくこちらに向かってきているのだ。
最早万事休す、そう思った直後の事である。
「待たせたな!!」
「モナーガさん、逃げたんじゃ無かったんですね。私はもうすっかり見切りを付けて、私達の事なんか吐き捨てたものとばかり。あの世での恨み言を考えていたところでした」
「ばっかおめぇっ! 俺がそんな薄情な男に見えるかよ !?」
「はい、見えるどころか見えっぱなしです」
「んだと? だが、今回はお前の暴言も許してやる。なんたって心強い助っ人をお連れ出来たからなあ!!」
助っ人? その言葉に首を傾げる。
モニターには何も映っていないのだから。とうとう頭がおかしくなってしまったのか?
そんな事を考えていた時である。
突然眩い光が、視界を覆ったと思いきや、なんと人が現れたのである。
いや、それは人というには巨大過ぎる。
目視で測っても四十メートルは超えていた。
それは、銀の体に赤いライン。光の具現化とも呼ぶべき姿であった。
そして何より特徴的なのが、胸に輝く、美しい青い宝石のようなマーク。
そう、彼こそが呼んだ助っ人であった。
「これは……、一体?」
タライヤは余りにも唐突な出来事に目を白黒させた。
目の前で起きている事は一体何なのか? 理解出来ない事だらけであった。
しかしモナーガは、それに構うこと無く、その光の巨人に頼み込む。
「では、お願いします! やっちゃって下さい!!」
―――ジュアッ!!
聞こえないはずのその声で頼み込まれた巨人は、まるでこれこそが自分の仕事だと言わんばかりに、力強く返事を返した。
巨人は飛ぶ、迫り来る絶望の塊に向かって。
そしてそのまま両手を胸でクロスすると、急激に回り始めたのだ。
遠くからモニターで監視するタライヤは、まるで意味が分からなかった。
だが、巨人はなおも回転を続ける。
すると巨人の周りに幾重もの光の輪が発生した。巨人が生み出したのだ。
その光輪は巨人の周りからエネルギー体へと飛んでいき、包み込むようにして回転する。
やがて、光輪は徐々にエネルギー体を締め付けるように縮んでいき、ついには完全に拘束してしまったのだった。
これにはタライヤも驚きの声を上げる。
あんなものは見たことも聞いたこともないからだ。
だが、モナーガは違うようだ。仮面の下で嬉しそうな表情を浮かべて、まるで幼い頃から憧れたヒーローでも見ているかのよう。
光輪が眩い光を放ち始め、粒子が辺り飛び散っていく。するとエネルギー体の体積が見る見る内に減っていくのが分かる。
吸い取ったエネルギーを、粒子として霧散させているのだ。
その光景にタライヤは息を飲む。これが、モナーガの言う助っ人の力なのだと。
(凄い……、なんていうか、圧倒されます……。この方が居ればきっと何とかなる)
新惑星の破壊を目論んでいたか、そうでないか。
それはともかく、間違い無く言えるのは、未曾有の危機は完全に消え去ろうとしていたという事。
「ふぅ~……、これで一件落着だな」
「えぇ……。本当にありがとうございました、巨人さん」
跡形も無く消え去った。
あの悲劇の具象は新惑星と接近する事無く、無事にこの宇宙からいなくなったのだ。
モナーガは、高揚した気分も落ち着いた為か、今更ながらにテレポートの疲れに襲われていた。
しかし、悪い気分では決して無い。何故なら本物のヒーローと出会えたのだから。
タライヤは感謝の気持ちで心が埋め尽くされていた。
これ程、誰かに助けてもらった経験など今まで無かったから。
巨人は、そんな未来ある若者達の姿に何を思うのか? それは誰にも分からない。
だが、彼はこう思ったに違いないだろう。「これから先、彼等はどんな物語を紡いでいくのだろうか?」と。
問題を取り除いた巨人の体が光に包まれる。別れの時が来たのだ。
「この度はどうも、こんなよく分からない宇宙人の急な頼みを聞いて下さって、全く感謝しかありません。心からありがとうと言わせて下さい」
感謝の言葉を口にするモナーガ。そして、それにタライヤが続く。
「貴方のお陰で私達の星は救われました。本当に、本当に、心の底からお礼を言いたい。何と言っていいのかも分かりません、言葉が見付からない。けれど、これだけは言わせてください。本当に、ありがとうございました!」
純粋に感謝の気持ちを口にするのは、タライヤの人生に於いて殆ど経験の無い出来事であった。
だからこそ、その言葉には嘘偽りは無い。純粋な気持ちから出たものだと言えた。
真空の宇宙、聞こえないはずの言葉達。
しかし、その想いは確かに巨人に伝わったようである。
巨人はゆっくりと腕を上げ、サムズアップのポーズを取る。
それは、まるで笑顔を見せるかのような仕草であった。
巨人は光の玉となり、その姿を消す。自分の住む宇宙へと帰っていったのだろう。
この出来事を彼らが忘れる事は決して無い。
「それで、モナーガさん。彼は結局どなた何です? もの凄い方でしたけど……」
「あぁ、それはな。――俺の永遠のヒーローさ」
そう、彼こそが宇宙の平和を守るヒーロー。少年の心を忘れない者達の永遠の憧れ。
人々の心の光をひたすらに信じ抜く、偉大なる巨人達の一員。
そう、その名は―――。