前回のあらすじ。
己が野望を肥大化させ、とうとう世の理と一体化した羅帝ドゥーガ。
生きとし生けるもの、全ての殺生与奪をその手の平で転がす程の力を得た邪なる怪奇を前に、ついにモナーガの怒りが爆発する。
◇◇◇
「小童が如き矮小な身で、この羅帝を止めること叶わじ。心静かに滅ぶが良い」
この暗黒の空間を支配するは、絶対的な覇気。
それは、まるで神の如く。否、正しく神なのだ。邪神なのだ。
しかし、割れた仮面の下でモナーガの瞳に諦めの色は浮かんではいなかった。
既に、身にまとうスーツは火花が飛び散る程に損傷しており、――頭部以外――肌こそ露出してはいないが満身創痍に違いは無い。
「テメエは言ったな、自分こそが世の理だかなんだかって。この宇宙にある限り無敵だってなッ!」
「そうがどうした? 我は只、事実のみを語った。それの何処が可笑しい?」
「ハッ! そりゃあ違うぜ、俺はお前の事を良く知ってる。だから、分かるんだよ」
モナーガは、不敵な笑いを浮かべながら拳を握る。それは、何かしらの決意の表れのように思えた。
「お前は所詮、人に作られた人形だ。そんなお前が、宇宙を支配しようなんておこがましいにもほどがある」
「ほぉう……。ならば、試してみるか?」
刹那、両者の間に緊張が走る。
それはまるで、西部劇の決闘前のような光景だった。
「……」
「……」
互いに無言で睨み合う二人。先に動いたのモナーガだ。
背中のバーニアから火を吹かし、その距離を詰める。
しかし、それを許すドゥーガでは無い。その手の平から放たれる光球が、次々とモナーガの体を打ち付ける。その一撃一撃がゼスト合金製の装甲を損傷させる。
だが、そんな事は知った事では無いとばかりに、モナーガは真っ直ぐ突き進む。
「ついに気が触れたか、愚かな」
「うるせえッ!! この距離なら……! 俺がァ!!!」
破壊されていくスーツに構う事無く、ついにその手はドゥーガへと触れる。
だがそれが何なのか? つまらないものを目にするような顔で、モナーガを見つめる。
「フン、その程度の力で何が出来るというのだ」
「確かにそうだな。けどよ、お前は一つだけ間違いを犯した」
「何?」
「馬鹿な野郎だぜ。テメエから弱点を作るなんてよォ!!!」
「貴様何を言って……」
その瞬間、ドゥーガの見ている景色が歪む。
そして、気づいた時にはそこが自分の知らぬ風景であると理解した。
自分達がいるのは、どこぞの火山の火口。その上空であると。
「何をしたか知らんが、これが貴様の切り札だとでも?
ならば随分と子供騙しだな」
そう吐き捨てると、ドゥーガは自らの手をモナーガの腹へと打ち込む。
それは、何時も通りの一撃……のはずだった。
しかし、その威力は何時になく弱々しいものであった。
怯みすらしないモナーガだが、しかし、その瞳は笑っていた。
「何がそれほど面白い? この状況を理解していないのか?」
「そっくり返してやるぜ。まだ気づかねえとはな……!」
何を言っているのか理解出来ないドゥーガ。
そもそも下等な人間について分かる理由も無い。
そう考える彼は、再び光球を放って気安く己に触れる人間を引き離そうとした。
だが、彼の思惑は外れる事になる。
「何だと?」
何度やってもその手から絶望の光を放つ事が出来ない。
息をするかの如くあらゆる生物を滅する事が出来るその技を、発動する事が出来なかった。
その事実に驚愕する彼に、モナーガは告げる。
「宇宙と一つにらとはな、テメエは確かに凄かったぜ。だがな! その理ってやつに頼り切ったのが仇になったなァ!」
その言葉を聞いて、やっとドゥーガは知覚した。
自分が今感じている空気、肌に触れる感触から、世の理とのつながりが断ち切れている事に。
「貴様、何を……! まさか!?」
全容を把握した時、ドゥーガは驚愕に心を支配された。
ここは己の知る宇宙では無い。全く知らぬ異世界。
その衝撃はあまりに大きい、感情を手に入れて間もないドゥーガにはどうしようも無い程に。
「幕切れとしちゃ、あっけないがな……」
モナーガはドゥーガを掴んでいた腕を離す。
その下は、燃えたぎるマグマの海。
己の全てを宇宙の力に繋げていたドゥーガは、飛行する力すら失っていた。
重力に従い、その身を落とすのみである。
馬鹿な。我は手にしたはずだ、宇宙の全てを支配する力を。なのに何故……。
そんな疑問を抱きながら落ちていく彼を、モナーガは目を細め見つめ続ける。
やがてその姿が見えなくなると、彼は静かに目を閉じた。
世界は、彼が思うような地獄では無かったのかもしれない。
けれど、だからこそ人間は美しく生きられるはずなのだ。
ここに戦いは終わった。長く苦しい戦いが。見知らぬ世界で終止符が打たれたのだ。
彼の世界の人々も、あの暗雲に怯える日々を終え、喜びにその身を踊らせる事だろう。
そう思うと体が非常に重たくなる。
激戦の果てに考え無しのテレポート、肉体が悲鳴を上げていた。
纏っているスーツもぼろぼろで、飛んでいるのがやっとだ。
せめて、どこかで休もう。
混濁し始めた意識の中、モナーガは当ても無く飛び去っていった。