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第36話 ひろいもの

 ……ここは、どこだ?


 俺は、……そうだ。勝ったんだ。


 へへ、俺にしては、中々手間掛かったもんだぜ。スーツもぶっ壊しちまった、タライヤから文句を垂れ流されるだろうな……。


 でも。……まずはゆっくり休むとするか。


「おーい、もうそろそろ起きろ。ほれ、ほれ」


 なんだ? 妙にほっぺがペチペチされてるような気がするが……。


 それに、なんか体が揺れてるぞ。地震か? まあ良いか、もう少し寝させてくれよ……。


「もう三日目だぞ。傷も治してやったんだから、そろそろ起きろよ」


 ……何かうるせえなぁ。誰だよ、折角気持ちよくぐっすり眠ってたのに邪魔しやがるのは。


 仕方ねえ、無視してもう一眠りするか。


「……おい、お前。何時まで寝ているつもりだ?」


 今度は耳元で囁くように言われた。何だか凄みを感じる声色だった。

 ううん……、何だってんだ全く!


「まだ人が寝てるでしょうがぁ!」


 ガバッと起き上がった俺にの目に飛び込んできたのは、隣にちょこんと座った小さい女の子だった。……え、誰?


「やっと起きおったか。わざわざここまで運んでやったのに、グースカいびきをかきおって……」


 不機嫌そうにぶつくさ言う彼女。

 運んだって? そういえば、どっかの森でぶっ倒れた記憶がある。


 周りを見渡すと小綺麗な部屋。年頃の女の子にしてはあまりに飾り気が無い。

 まるで引っ越したばかりのアパートみたいな生活感の無い印象を受ける。


 そして、この子誰? 髪は黒色。目は深い青で肌は白くて、顔立ちは西洋人形みたいに整っていて可愛らしい。

 背丈は一三〇って具合かな。服装は……、なんていうか、不思議な感じ、中華風と言うか、着物っぽいけど違うような……。


「お前は三日間も人の家のベッドを独占しておったんだぞ? その分の誠意でも貰わんとな」


 そう言って、彼女は手に持っていた小さな鍋を机に置いた。


「だがまずは食え。腹が減っては何にも出来んからな。さっき作ったばかりじゃ」


 彼女が鍋の蓋を取ると、中には白いシチューが入っていた。


「起き抜けにシチューねぇ……。もっとこう、胃に溶ける感じの優しい物でも……」


「あん? 文句を言うなら食わなくて良いんじゃぞ。こっちは怪我人を拾ってきて看病までしたんだ。本来ならそれ相応の報酬を寄越すのが筋というものだろう」


 むっとしながら言い返してくる彼女。


「そいつはすいませんね。……で、お嬢さん、お父さんとかは? またはお兄さんとか。運んでくれた礼もあるし、保護者の方に挨拶もせんと」


「ここには儂一人で住んどるが?」


「またまたご冗談を。嬢ちゃん一人で大人のお兄さんを運んだって? そりゃ無理ってもんでしょ。どう見たって小学生じゃないのよ」


 ま、でもこの年頃だ。ちょっと大人びた嘘をつきたがるのも分かる。

 しかし俺は騙されない。こんな子が俺を運ぶなんて不可能だ。


「……ふん、人を見た目で判断しおって。これでもお前より年を食ってるはずじゃ」


「へえ、そう。で、お姉さんはどうやって俺をベッドまで寝かせたって言うですかね? あんまり大人をからかうもんじゃ……」


 ない、と続くはずだった俺の言葉は、喉元まで上がって再び奥へと引っ込んでいった。何故なら、小学生くらいの女の子が、片隅に置いてあったタンスを持ち上げ始めたからだ。……それも片手で。


「で? 大人が何だって?」


「い、いやあ……、その……。乙女というのはいつの時代も強くあるべきだよね。な~んて……」


「何を言うとるんじゃお前は。それより早く食べろ。冷めてしまうぞ」


「あ、ああ……。頂きます」


 恐るべしパワーだぜ。いや、俺もそこそこ鍛えてる方だが、それでもあんなもん持てんぞ……。


 とりあえず、一口。


「う、美味い! なんだこれは!?」


 今まで食べたことの無い味だった。肉や野菜がふんだんに使われていて、しかもそれぞれの旨みがしっかりと出ている。そして何よりも驚いたのは、使われている調味料の種類だ。塩、砂糖、胡椒、ハーブ、その他諸々。


 それらを上手に調合し味付けしている、気がするっ! 多分……。


「そうか? まあ、そこまで言われると悪い気はしないが……」


「いや、本当に凄えよ! 一体どんな魔法を使ったらこんな料理が作れるんだよ!」


「……おい、いくら何でもわざとらしくはないか?」


 ジト目で睨み付けてくる彼女。……流石にオーバーだったか。


「……はぁ、もう良いわい」


 そう言って彼女は自分の分のシチューを食べ始める。


「うん、やはり美味いな。流石は儂が得意とするだけはある。……さて、そろそろ自己紹介と行こうじゃないか。まずはそちらからだ」


「こういう場合、自分からじゃない?」


「近頃の若いもんは……。年功序列というものに気を使うべきだと思わんか? まずは年長者を立てるのが基本じゃろう」


「年長者って言うけどね、結局いくつなのよ? どう見ても小学生じゃん」


「見た目に気を使っておるからの。年は七百をちょっと超えたくらいじゃな」


「うっそだあ! ババアじゃん。大人ぶるにしたって盛りすぎだろ。ハッハッハ! ……え、マジ?」


 思わず笑ってしまったが、彼女の顔が真面目そのものだったので、俺は笑いを引っ込めた。

 え、そんな冗談みたいな年齢なのか? 見た目は小学生、頭脳は高校生ってレベルってじゃないぜ? いや、まさか……。


 すると、俺の表情から察したのか、彼女が答えを教えてくれた。


「ここは、人里から離れた山奥、そして儂は仙術に生きる者。近くの森で倒れていたのがお前じゃ。衰弱状態でいつ死んでもおかしくなかったんじゃぞ? お前を拾ったのが儂でよかったな」


「仙人……ってこと? それで俺は死にかけてたってわけだ。えぇ……」


「信じらぬなら、もう知らん。ただ、三日間看病してやった恩は返して貰うぞ。それまでコレは儂の物じゃ」


 そう言うと自称仙人は、俺の左手に着けているはずのブレスを見せびらかしてきた。

 あ、いつの間に!

 返して貰おうと手を伸ばすと、ブレスを引っ込められた。


「案の定大切な物らしいな。ではどうする? この場で叩き割るか?」


 俺を見下すようにニヤリと笑う。くそ、こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって! しかし、相手は子供、またはババア。ここは大人のお兄さんとして、冷静に対処しよう。

 そう思いながら、深呼吸を一つ。


「わかった。取り敢えず飯を再開しようじゃないか。それから詳しい話を聞こう。……だから止めて、壊さないで!」


「始めから殊勝な心掛けをしておけばいいものを。……ほれ、たんとお食べ。自己紹介はそれからにしようじゃないか」


 再び食事に戻る俺達。

 これからどうなるか分からないが、とっととおさらばしてやる!


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