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 城塞都市ミュースは他の領地の街とあまり変わらない都市だった。

 中央通りは賑やかで、路地裏はちょっと寂れている。

 領主館や迎賓館、冒険者ギルドや商人ギルド、十神教会や孤児院、客層の違う多種多様な店。

 そして、勿論スラム街もある。

 スラム街に態々《わざわざ》行く平民はいないので、アーロンはヴァルトバングルで森影しんえいに連絡を取った。

 森影というのは、ヴァルト男爵領の暗部、影を担う組織だ。

 ヴァルトが森なら、ヴァルトの影は森の影、ということで、森影という組織名が付いた。

 リーダーはアーロンの奴隷だった元凄腕暗殺者のジャック。サブリーダーは小国の王家のスパイだったアン・クロス。この5年で組織は拡大し、今では周辺諸国や帝国に拠点を持って情報収集活動を行っている。

 因みに森影の名前や全貌は今のところ天影にバレていない。

 天影が張り付いているアーロンのところに森影が来る場合、高位の闇属性の魔法を使える者が幻惑魔法を使うので、アーロンが原因でバレることもない。

 しかし、ヴァルトに諜報機関があるということは天影も情報を掴んでいるようだ。

 アーロンは、どこかの賭博場にいるであろうジャックにチャットを送信し、街で人々の会話に耳を澄ましていた。

 暫くしてジャックから返事があった。


ジャック︰伯爵叙爵おめでと〜あるじ〜。俺は丁度ミュースの賭博場にいるよ。実は主にお願いがあって……。

アーロン︰なに?

ジャック︰お金貸して欲しいなぁ

アーロン︰ミュースの領主館とスラムを調べてくれたら特別手当出すよ。

ジャック︰早速、調べてきます!


 アーロンは溜息をついた。


(ギャンブル好きも困ったものだね)


 と思いつつアーロンはロベルトに屋台の焼き鳥をおねだりするのだった。




 ジャックはちゃんと仕事をし、領主館に怪しいものがなく、不正もしていないということと、スラム街も普通のスラム街だとアーロンに報告した。


「それにしても、ここの代官は真面目っすね、埃一つなくてビックリっすよ」


 焦げ茶の髪と茶色の瞳を持つ、お調子者っぽい雰囲気の男がジャックだ。


「叩きすぎて尻尾を掴まれなかった?」


 ジャックが菓子をぱくぱく食べるのを横目で見つつ、アーロンは紅茶を味わう。

 オルジュ産のちょっとお高い紅茶だから香りよく、味わい深い。


「そんなヘマしないっすよ。」

「ふぅん、流石は元凄腕暗殺者殿」

「もっと褒めて良いんすよ〜」

「これ以上褒めたら調子に乗るでしょ」

「うぐ」


 いけず〜、とジャックは言いつつ、菓子が美味しいのか、ぱくぱく食べている。

 菓子はフロランタンだ。

 アーロンの手作りだったりする。


「あ、そうそう、手を出して」

「?はい」


 ジャックは右手を出した。

 アーロンはその上に何かがぎっしり詰まった革袋を乗せた。


「もしかして!」


 ジャックはすぐに革袋の中身を確認した。

 すると、金貨がたんまり詰まっていた。


「金貨千枚が報酬だよ。今日、魔物の素材を売ったら、千枚だったから丁度良いと思ってね」


 冒険者は10歳からなることができる。

 アーロンは10歳になったその日に冒険者登録をし、高ランクの魔物の素材を売りまくって今ではCランクだ。

 Cランク止まりなのは、Bランクに上がる要件に護衛依頼を達成することが含まれているからであった。


「はぁ、アーロン様の魔法はやばいっすもんね」

「君だって魔物ぐらい倒せるでしょ」

「魔物は首跳ねても生える奴がいますし、そもそも首がない奴もいますし」

「それは、ごく一部だと思う」


 アーロンは冷静に突っ込んだ。


「まあ、俺は人を相手にしてる方が楽しいんでね」

「実情を知っていると何とも言えないよ」


 ジャックが行っているのは、スパイ活動が主だ。他人の情報を探ることが楽しいという趣味にアーロンはどう反応して良いか分からなかった。

 それに、ジャックに探るよう命令しているのはアーロンだ。

 本人が楽しいと思えているなら、アーロンが言うことはない。


「ま、程々にね」

「了解っす、主」


 ジャックは笑顔を浮かべ、気配を消して窓から出ていった。

 他の者は感じないだろうが、高レベルの気配察知のスキルを持つアーロンは感じることが辛うじてできた。


(僕もまだまだだね)


 アーロンは月を眺めつつ、溜息をついた。





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