静かな森の中に、ひっそりと佇む墓地がある。
その墓地の少し奥に大きめの岩が置かれた墓があった。
墓には、ヴァルトと刻まれている。
この墓には代々の領主一家の骨が埋葬されている。
エレツ王国では火葬がポピュラーなので、自分も死んだら火葬されて骨を埋葬されるのだろう、とアーロンは思いつつ、花束を供えた。
そして、手を合わせて祈った。
(来るのが遅くなってすみません)
アーロンはすぐに来るつもりだったのだが、ヴァールハイトに振り回されたり、ヴァールハイトがいなくなってからは、父母が祖父の船で西大陸に旅行に出てしまったので、弟ルーカスの勉強を見たり、溜まった仕事を捌いたりしていた。
シェードに勲章と褒賞金を貰ってからは、貴族のパーティーに引っ張りだこで、大変だった。
やっと落ち着いたというか慣れた頃にアーロンは思い出したという訳だ。
(代々この地を守りし、ご先祖様、それから叔父さん、魔王を打倒しました。皆さんの思いと願い、献身があったから僕は此処で生きています。本当にありがとうございました)
アーロンは祈り終えると、一礼して墓を去っていった。
なんともなしに振り返ったアーロンは、叔父と多くの先祖たちが笑顔で手を振っているのを幻視した。
驚きで目を瞬かせると、その姿は消えてしまった。
アーロンはふ、と微笑み、領主館へと戻っていった。
ストロム王国王城会議室。
国王レオナール・シューベルト=ストロムは深い溜息を吐きながら、エレツ王国からやってきた書状を眺めていた。
「この書状、おかしくないか?その、我々に援軍を出してくれるまでは良いが、その援軍を率いるのが13歳の少年で、しかも、この少年に我らの軍隊の全権を委ねて欲しいという……。勇者で貴族という肩書はあるが、所詮は成人したばかりの子供ではないか……。シェード殿は一体どうお考えなのか……。ああ、すまない、貴殿の前でこのようなことを言ってしまい」
レオナールは対面に座っている金髪赤目の美形──エレツ王国王太子ジェームズ・アステール・エレツに謝った。
「いえ、私も驚いております。ここ数年は帰国せずに諸国を巡っておりました故、エレツ王国内の情報は私にも届いておりませんでしたから」
半分は本当で半分は嘘だ。
帰国せずに諸国を巡っていたのは本当で、エレツ王国内の情報はひっそり付けているヴァルトバングルや天影を通して知っている。
ここでは知らない振りをしてレオナールに共感する方が良いとジェームズは判断したのだ。
因みに、諸国というのは主にスルス帝国の周辺諸国のことだ。
ジェームズは髪色や瞳の色を魔導具で変えて天影と共にひっそりと活動していた。
高位貴族や王族たちに賄賂を渡したり、エレツ王国に味方をした場合のメリットを提示したり。
一番の目玉は魔導列車の映像を見せることだった。
エレツ王国に味方すれば、自分たちの王国でも魔導列車が通るのではないかと期待させたのだ。
勿論、言質を取られることはせずに。
上手く相手を乗せるのが得意なジェームズが一番の適任者だった。
(あまり期待させ過ぎて後で裏切られたとか思われると面倒だから、匙加減が難しいのだよね)
と諸国を巡ったときのことを思い出しつつジェームズは遠い目をした。
その表情が良かったのか、レオナールはあっさりジェームズを信じた。
「そうですよね、驚きますよね、私はこの書状に相当驚きました」
周りの側近たちも口々に驚いたという言葉を言ってワイワイ盛り上がっている。
(危機感がないな)
今まで戦争に縁がなく、平和に暮らしてきた国だからかもしれない。
(さて、どうやって誘導するか……もう直球でも大丈夫な気がしてきた)
ジェームズはだんだんと落ち着いてきた面々に向けて口を開いた。
「皆さま、よろしいでしょうか?」
「なんでしょうか、ジェームズ殿」
レオナールが問う。
ジェームズは微笑みを浮かべた。
「よろしければ、私に全権を委ねていただけませんでしょうか?」
「なんと、確か、ジェームズ殿は剣聖という固有スキルを持っておりましたね」
「左様でございます。それと、冒険者としてのランクはSです」
ジェームズはオリハルコンの冒険者ギルドカードを見せた。
そこには確かにSと刻まれている。
これは偽造ではなく本物だ。
ジェームズは冒険者活動が趣味で、週に一度は冒険者をやっており、Sになったのは、ジェームズの実力だ。
「なんと!それは心強い。是非ともお願いしたいが、シェード殿は……」
「大丈夫です。父上には私が話を通しておきますので」
「おお、それは有難いことです。よろしくお願いいたします」
ジェームズは上手くいって心の中でほくそ笑んだ。
(アーロン君の作戦がうまくいったね。アンカリング効果とか言ってたな……最初に提示された情報がその後の判断に強い影響を与えるんだっけ。13歳の少年に全権を委ねて欲しいという提示がインパクトありすぎて、私に軍隊の全権を委ねることになったけど、どちらにせよ、エレツ王国に軍隊を委ねることになってることに気付いてないのかな?まあ、悪いようにはしないけどさ)
ジェームズはにこにこしつつ、具体的な布陣を伝えるべく、口を開いた。