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 スルス帝国皇城皇帝の寝室。

 贅を尽くした内装は豪華絢爛といった言葉が似合う。

 中年くらいの年齢で髪の毛が辛うじて残っている、ふくよかな醜男が、見目麗しい女性を侍らせ、ベッドの上にいた。

 彼は皇帝カスパー・ハーゲン・スルス。

 ベッドの脇に跪いた配下の報告を聞いていた。


「宣戦布告は恙無つつがなく行われました。一週間後にスルス軍は出征いたします。出征式には陛下のお言葉を賜りたく存じます」


 配下は冷や汗を流しつつ、願った。

 この皇帝の機嫌を損ねると自分の首が飛びかねないからだ。


「うむ、良かろう」


 皇帝の機嫌は良かったのか、了承されて配下の男はほっと安堵した。


「有難き幸せ」

「下がるが良い」

「はっ」


 配下の男が下がり、部屋の外に出ていくと、皇帝はお気に入りの女の腰に腕を回し、抱き寄せた。


「うふふ、ご機嫌ですわね」

「ああ、私の欲しいものが手に入りそうだから楽しみでな」

「まあ、それはどんなものですの?」

「淡い桃色の髪の美しい女──ストロム王国の姫君だ」


 皇帝は十年前に各国の主賓を招いて開いた生誕祭にやってきたストロム王国の王女の美しさが忘れられなかった。当時十二歳だった少女は二十二歳になっている。彼女はストロム王国のとある公爵家に降嫁した。

 皇帝は人妻になっていたとしても、彼女を手に入れたかった。


「まあ、うちや姐さんたちだけじゃ飽き足らず、他の女も手に入れたいだなんて、欲張りですわね」

「仕方なかろう、その女はこの世の者とは思えない美しさなのだからな」

「ふふ、嫉妬してしまいますわ」


 皇帝はお気に入りの女を宥めつつ淫らな享楽に耽るのであった。

 スルス軍と同盟軍が敵陣と相まみえた後、自身の命運が尽きることも知らずに。




 領都アルディージャ。

 ドワーフであるドランの工房では多くのドワーフが働いている。

 今、工房では他の発注を全て蹴って領主の依頼の品を全力で作っていた。

 二か月前から作り続けている依頼の品。納期は一週間後だ。

 最後の一週間で作れるだけ作りたかった。


「戦争だっていうのに領主様は拘束具を作れだなんて、ちょっと可笑しいんじゃねえ?」


 領主の依頼の品は拘束具であった。


「まあ、確かに可笑しいが、あの領主様の依頼の品だ。きっとお役に立てるだろう」

「おらぁ、武器が作りてぇよ。何百個作っても終わらないって、どういうことなんだ?」

「分かんねぇ。他の工房でも、これ作ってるっちゅう話だし、いつかは終わるべ」


 見習いの若いドワーフたちがこそこそ話をしていると、親方であるドランに注意された。


「おめえら、仕事中に無駄話すんな!!ちゃんと作業すっべ!!」


 親方の怒号に縮こまった若いドワーフたちは「へい」と返事をしつつ、作業に集中することにした。


 ところ変わってハーフリングの工房でも、領主の依頼の品を作る為にハーフリングたちが全力で作業をしていた。

 ハーフリングは魔封じの首輪と、投げて相手を拘束する魔導具の製作を行っている。

 アーロンが戦争で使うのだからとハーフリングたちは最高の品を作るべく全身全霊を込めている。

 全員、無言で作業に集中している。

 見習いもベテランも一様に。


 ドワーフとハーフリングたちは二か月と一週間という短期間で領主の依頼を全うした。




 王都エレツ。

 王城前の広場には出征式に参加する為、王国内にいる多くの貴族が集まっていた。

 同盟国のストロム王国とスルス帝国が開戦した為、援軍として出征するのだ。

 貴族以外の軍勢はどこにいるのかといえば、王都の外でそれぞれ待っていた。

 主たちの出征式が終わるのを待っているのだ。


「国王陛下のお言葉を賜ります」


 宰相のリチャードが言うと、盛大な音楽と共にシェードがバルコニーに現れた。

 バルコニーには拡声の魔導具が設置されているので、シェードの声は遠くまで届く。


「ここにいない貴族がいるのに気付いた者たちもいるだろう。彼らは貴殿等がいない間の留守を任せる為に残すこととした。貴殿等は彼らに国を任せて心置きなく出征することができる。私は、此処にはいない彼らに敬意を表する」


 シェードは胸に手を当て、敬意を表す為にお辞儀した。


「私も実は留守番組でね、この王城から貴殿等を応援するしかない。だが、不安に思う必要はない。私の代わりに王太子がこの戦争の指揮を執ることになっているし、貴殿等には心強い仲間がいる。それに、この世界を救った勇者もいる」


 シェードは先頭付近にいるアーロンにウインクした。

 アーロンは一瞬、嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに真面目な表情に戻った。


「私たちは今まで様々な手を打ち、準備をしてきた。この戦争に必ず勝てるとまでは言えないが、勝つ自信はある。それに、私は貴殿等を信じている。どうか、戦い抜いて欲しい。健闘を祈る」


 シェードがそう言うと、盛大な拍手と歓声が響いた。


「ありがとう、ありがとう。さあ、貴殿等の真価を見せてくれ。出陣!」


 おおー!という野太い雄叫びを上げながら、貴族たちは王都の外に向けて歩き始めた。


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