目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

73




 民衆の歓声を受けつつ、貴族たちは王都の外に出て、自分の軍勢の元に向かった。

 落ち着いた頃に王太子ジェームズが拡声魔導具で話し始めた。


「これから貴殿等は人知の及ばない現象を体験することになるだろう。しかし、恐れることはない。それは神々の祝福を受けた勇者の力なのだから」


 貴族も兵たちもよく分かっていないような不思議そうな表情を浮かべている。


「では、アーロン君、よろしく頼む」


 ジェームズはアーロンに真ん中に魔石が嵌め込まれた丸い魔導具──拡声魔導具を渡した。

 受け取ったアーロンは、口を開いた。


「えー、これから、戦場である平原までは到着まで一ヶ月以上は掛かります。間に合わなかったら困りますので、僕が神々から貰った転移の力で皆さんを送ります」


 転移はヴァルトバングルの機能だが、ここにいる貴族や兵士たちはヴァルトバングルを持っていない者ばかりなので、神々から貰った勇者の特別な力にしてしまおうと、事前の話し合いで決まったのだった。

 アーロンは、範囲転移を起動させようとしたが、周りに集まった民衆を巻き込みかねないので、ガイドに調整をお願いした。


[お茶の子さいさいです]


 最近、おちゃらけてきたガイドの言葉に苦笑しつつ、アーロンは範囲転移を発動させた。


「【範囲転移】」


 王太子と王国騎士団およびアーロンや貴族、兵士たち全員ひっくるめてガイドのサポートにより、戦場になる予定のストロム王国の広大な平原に転移した。

 因みに、アーロンが平原まで転移できたのは、事前にストロム王国に行ったことのある王太子にヴァルトバングルで連れて行って貰ったからだ。


「な、なんじゃこりゃああぁぁああああ!!」


 という誰かの叫びがその場にいる貴族や兵士たちの気持ちを代弁していた。

 殆どの貴族と兵士たちは呆然としていたが。


「皆さん、こちらはストロム王国の平原です。宿舎をご用意しておりますので、こちらへどうぞ」


 アーロンはヴァルト私兵団とオルジュ私兵団と共にストロム王国側の平原に建設されたドーム状の競技場に入っていった。競技場は訓練場として使えるだろう。外周には、幾つものトイレとなぜか売店があり、ゴーレム店員がいる。

 外周には十か所ほど地下に通じる階段がある。地下の広範囲に地下室が幾つもあり、大きな空間が広がる地下室には酒場や食事処、レストランやカフェ、バー、服屋や仕立て屋、カジノのような遊技場、プール、VIP専用エリアまである。これらはゴーレムたちが管理している。大きな地下室の周囲には多くの小さな地下室が繋がっている。どの部屋にもベッドとお風呂とトイレが設置されている。まるでホテル、否、地下ホテルだ。

 この競技場と地下ホテルはアーロンがガイドと共に土属性魔法と石の王を良い感じに使って地下ホテルの基礎を作り、建物を作って、あとはゴーレムが内装を作り上げ、家具やら魔導具やら備品やらを設置して作ったのだ。因みに、壁紙、絨毯、家具は事前にヴァルトの職人たちや商人に依頼して作って貰ったものを使っている。

 約一日(ゴーレムが自動で動いていた時間も含む)で作り上げたとは思えないクオリティだ。

 平原の一部を宿舎にする旨は王太子がストロム王国国王に許可を貰っているので、問題ないだろう。たぶん、きっと。


「な、なんだこれは!?」


 振り返って驚愕の声を上げたのは、白髪交じりの茶髪に茶色の瞳の初老の男性──ツヴィーベル伯爵家のご当主エイダン・フォン・フォックスだった。

 王立アラバスター学園の魔法教師エリザベートの実父だ。

 因みに、一番最初に「な、なんじゃこりゃああぁぁああああ!!」と叫んだのも実はこの方だ。

 思ったことがすぐに口に出てしまう正直な方なのだ。

 普段であれば横にいる次男エクトルや領地にいる長男エスターがいさめるのだが、エクトルは競技場を見上げ呆然としているので使い物にならなさそうだ。

 他の貴族や兵士たちも暫く見上げて呆然としていが、王太子や王国騎士団が入っていくのを見て、慌てて入っていった。

 中では案内係としてアーロンとヴァルト私兵団、オルジュ私兵団の全員が、旗が描かれたバッジを配っていた。

 バッジには魔石が嵌められていて、それぞれの魔石には印が刻まれている。

 印によって入れる部屋が異なっている。

 例えば王太子ジェームズの場合は印として七つ星が刻まれているので、十の地下へ続く扉を通り、レストランやカフェ、バーなど自由に行き来することができるが、王太子に用意されたVIPルーム以外の宿泊部屋に入ることはできない。

 宿泊部屋の主が許可すれば、入れるが。

 兵士にもプライベートは必要だからとアーロンがそう設計した。

 バッジの色にも意味がある。

 ジェームズの場合のバッジはオリハルコンの旗で周りは黄色なのだが、オリハルコンの旗はVIP。黄色の背景は黄エリアという意味だ。

 この地下ホテルは十の階段に十のエリアが繋がっているのだが、十のエリアは十色で分けられている。

 つまり、ジェームズは黄エリアのVIPということだ。


 十のエリアの十色は黄色、黄緑、緑、水色、青、紫、桃色、赤、白、黒だ。

 旗はオリハルコン(七つ星)、アダマンタイト(六つ星)、ヒヒイロカネ(五つ星)、ミスリル(四つ星)、金(三つ星)、銀(二つ星)、銅(一つ星)の七つがあり、魔石の印の星の数は旗の色によって決まっている。

 一般兵士の場合、銅の旗が普通で、指定されたエリア以外のエリアには基本的に入れない仕様になっている。そして、VIP専用エリアにも入れない。

 ミスリル以上の旗を持つ者は指定されたエリア以外にも赴くことは可能だし、VIPエリアに入ることもできる。


 アーロンとヴァルト私兵団・オルジュ私兵団及びゴーレムはさっさと王太子と王国騎士団にバッジを付けていただき、さっと黄エリアに案内した。

 さっと案内したのはアーロンだった。

 アーロンはとっとと入口広場に戻って貴族と兵士をさばく一団に交じってバッジを貴族や兵士の服に着けて行った。

 名前と所属、階級であらかじめエリアは決まっているので、迷うことなく、配っていく。

 まだ夢の中にいるような気分の貴族と兵士たちは大人しくバッジを付けて、案内に従った。

 そして、荘厳で美麗、いっそ芸術のような地下の空間に驚嘆するのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?