スルス帝国の最後の皇帝には、種がなかったのか子はいなかった。しかし、兄弟がいた。
皇帝の弟で、皇帝よりも優秀だったその者は、塔に幽閉されていた。
アーロンは、皇帝の弟に自分に仕えないかと誘った。
皇帝の弟は仕えると即答した。仕えないと殺される可能性があると皇帝の弟は考えたのだ。
アーロンは皇帝の弟に新しい名を与えた。
フェリクス・エルピス。
希望という意を込めた苗字と幸運という意を込めた名前だ。
「有難き幸せ。不肖ながら私、フェリクスはアーロン様に忠誠を誓い、身を粉にしてお仕えします」
フェリクスはアーロンの手の者や森影と共によく働き、新帝国建国の為に動いていた。
リートやヒューバートの勧めでエレツ王国に戻ってきたアーロンは、王城にいるマグノリアの元にやってきた。
なんとなくマグノリアのいる所に向かいたくなってしまったのだ。
(なんでだろうなぁ)
とアーロンは思いつつ、マグノリアの部屋の前までやってきた。
扉の横にいる騎士に会釈してから、コンコン、とノックしたアーロン。
「どうぞ」
許可する侍女らしき声を聞いて、アーロンは扉を開けた。
中に入ってきたのがアーロンだと気づいたマグノリアはソファーから腰をあげて、アーロンの元に駆け寄った。
「アーロン様、戦勝なさったとお聞きしました、ご無事で何よりです、っ!?」
マグノリアが言い終わると同時にアーロンはマグノリアを抱きしめた。
肩口にアーロンは顔を埋める。
「アーロン、様?」
アーロンは静かに泣いていた。
肩口に濡れた感覚がしたマグノリアは察する。
マグノリアは、アーロンの背を慰めるように撫で続けた。
暫くして、アーロンはマグノリアから離れた。
泣き腫らした目をしたアーロンは、マグノリアの視線を感じ、恥ずかし気にそっぽを向いた。
「もう、大人なのに、泣いてしまって、呆れただろう?」
「いいえ、私に弱いところを見せてくれて、とても嬉しいですわ」
「……ありがとう」
「さあ、こちらに。立ったままでは、落ち着いて話もできませんわ」
マグノリアに促されて、アーロンはソファーに座った。マグノリアはアーロンの隣に寄りそうように座った。
「なにかありましたの?」
アーロンは正直に話すことにした。
「人を、殺したんだ。……帝国の皇帝、あいつは誰かが殺さなくちゃいけなかったんだ。僕があの国を統治することになるだろうってことで、僕がやらなきゃいけなかったんだけど、でも、辛くてさ……情けないよね」
マグノリアはアーロンを抱きしめた。
「情けなくなどありません。私は誰かを
「ありがとう、マグノリア」
「……アーロン様、お辛ければ、暫く王城かヴァルト領で療養しても良いのではないでしょうか?」
「ううん、早く、新帝国を建国して、国民に安心して生活できるように手配しないといけないからさ」
「私の父が建国のお願いをアーロン様にしたと聞いています。今からでも父に抗議してみようと……」
「大丈夫だよ、マグノリア。僕はマグノリアから元気を貰ったからさ」
「え?」
「マグノリアがキスしてくれたら、もっと元気になれそうだけど……」
アーロンは茶目っ気たっぷりにウインクした。
「もう、アーロン様ったら、私がこんなにも心配してるのに」
「ごめんごめん、マグノリアに元気を貰ったのは本当だからさ」
「分かりましたわ」
マグノリアはアーロンの頬に口付けをした。
「こ、これくらいで勘弁してくださいませ」
マグノリアは真っ赤になっている。アーロンは口づけされた頬を手で押さえて、頬を赤らめた。
「う、うん」
ぎこちない雰囲気になった二人。
「じゃ、じゃあ、僕は行くね」
「は、はい、また会いましょう」
「うん、じゃあね」
ぎこちなく挨拶をしたアーロンは、マグノリアの部屋を出て、頬に軽く手を当てた。
そして、微笑むと歩き出した。
先ほどまであった辛さは嘘のように消えていた。