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 約一ヶ月後のエレツ王国歴330年光月(季節としては5月)21日。

 天気は曇りだが、雨が降る気配はない。

 ストロム平原では、エレツ王国軍とスルス帝国軍および諸国軍が対峙していた。

 因みに、ストロム王国軍はまだ到着していない。

 エレツ王国軍は約十万の兵だが、対するスルス帝国軍は約三十万、諸国軍は合わせて約二十万の兵を動員している。

 数は圧倒的に不利だ。

 だが、アーロンも王太子も余裕そうな表情なので、エレツ王国軍の面々は落ち着いていた。

 アーロンは王太子に断りを入れて、拡声の魔導具を手に、前に出た。


「私はエレツ王国の勇者アーロン・フォン・シュタイン。今から神の御業を見せよう」


 アーロンが両腕を天に掲げると、暫くして、スルス帝国軍側に影が掛かった。

 何事かと、スルス帝国軍や諸国軍が見上げると、丁度エレツ王国軍とスルス帝国軍の中間辺りの真上の雲間から真っ黒な何かが落ちてくるのが見えた。

 姿を現してきたそれは、天を端から端まで二分するようなとても長い黒い壁のようなものだ。

 やがて、その黒い壁が大地に接すると、ずどぉぉおおおんという衝撃音が響き渡った。

 不思議なことに地面は割れておらず(アーロンが土属性魔法で修復)、黒い壁は元々あったように鎮座していた。


「万里のアダマンタイト長城の出来上がり〜」


 アーロンは満足げに呟きつつ、風属性魔法の飛行で飛び上がった。


「みなさーん!まだまだこれからですよ〜」


 アーロンは拡声魔導具でスルス帝国軍に語りかけつつ、石消去でスルス帝国軍全員の剣の刃や金属盾および、盾の金属部位、矢のやじりを消した。

 気づいたスルス帝国軍はどよめいていた。


「ちょっと痛いですよ〜」


 アーロンはそう言って、敵の身体の下部の一部分に尿路結石ならぬ、尿路石をガイドにサポートしてもらって作った。

 尿路結石はシュウ酸カルシウム、リン酸カルシウム、尿酸、リン酸マグネシウムアンモニウム、シスチンなどが主な成分だ。

 アーロンが石の王で作れる範囲はマグマ由来の石や宝石、鉱物または砂やファンタジー系の石が主となっているので、尿路結石と同じ成分の石ではない尿路石なら作れる。

 因みに、アーロン一人では、敵の尿路に収まらない石が生成されて、敵の股間が御臨終になってしまうのだが、ガイドが正確に調整することで、本物の尿路結石と同じ大きさの石を生成することができている。

 ただ、尿路結石と同じ痛みで苦しむことになるのは必須だが。

 スルス帝国軍は阿鼻叫喚といった様相を呈しており、誰も彼もが咽び泣き、悲鳴を上げている。

 「助けて!かあちゃ〜ん!」とか、「痛い〜!神様助けて!」とか多種多様な叫び声で溢れていた。


「……えっと、もう心が折れてるかもだけど、念の為……シャッテン」


 アーロンがその名を呼ぶと、真っ黒な蛇がアーロンの肩に現れた。

 この蛇は闇の精霊王だ。シャッテンが「来い」と言うと、シャッテンとアーロンの周りに闇の精霊たちが一瞬にして集った。


「よろしくね」


 闇の精霊たちはスルス帝国軍に殺到し、彼らを眠らせた。

 悪夢を見せるのだ。

 可哀想なので、尿路石は石消去で消しておくアーロン。

 地に倒れ、うめき始めたスルス帝国軍に諸国軍はドン引きしていた。

 エレツ王国軍は距離があり、壁もあるので、反応はない。


「では、エレツ王国軍のみなさーん、今から敵陣に転移します。スルス帝国軍は無力化してありますし、諸国軍はうちの仲間らしいので、問題ないです。皆さんには、スルス帝国軍を拘束してもらいます。よろしくお願いします」


 アーロンはガイドと共にヴァルトバングルの範囲転移を使って、エレツ王国軍を敵陣まで転移させた。

 恙無つつがなく、ドン引きしていた諸国軍との合流を済ませたエレツ王国軍。


「みなさーん、此処にある異空間収納ポーチに拘束具が入ってますので、取りに来てくださーい」


 アーロンの前には大量の数え切れないポーチが置かれていた。

 主に慣れているエレツ王国軍がポーチを手に取り、スルス帝国軍を拘束していった。

 我に返った諸国軍もポーチを手にし、スルス帝国軍を拘束していく。

 因みに拘束具はドワーフが作った手枷足枷と、ハーフリングが作った魔封じの首輪だ。

 拘束されている兵士の中には、亀甲縛りにされた兵士もいた。これは、ハーフリングが遊び心で作った亀甲縛りにする魔導具だ。


「で、アーロン君、我々はどうすれば良いかな?」

「殿下と騎士団とエレツ王国軍の半数の皆さんには諸国軍の皆さんとスルス帝国軍を見張っていて欲しいです。僕と一緒に行く人と残る人の人選はお願いします」


 王太子の采配でエレツ王国軍は半々に分かれた。因みに、四大公爵だが、北のノルド公爵と東のエスト公爵はアーロンと共に行く方に組まれ、南のスール公爵と、西のザフト公爵は王太子と共に残る方に組まれた。

 アーロンは王太子たちに後を任せると、半数のエレツ王国軍と共にスルス帝国の帝都に転移した。

 因みに、アーロンは、森影と共にスルス帝国の各地に転移したことがあるので、スルス帝国のどこにでも転移できる。

 アーロンはエレツ王国軍に向けて拡声の魔導具を使って言い放つ。


「皆さんは帝都を包囲していただけると有り難いです」


 エレツ王国軍特に公爵たちがアーロンの言葉に従って帝都を包囲し始めた。

 アーロンは公爵たちに頭を下げてから、ヴァルトとオルジュ私兵団と共に皇城に向かうことにした。

 帝都の門番やら兵士やら騎士は既に森影によって拘束されているので、皇城への行程はスムーズだった。

 するっと皇城に入って皇帝がいる謁見の間にやってきた。

 皇帝は国賓が来ると聞かされて謁見の間にいる状態だ。

 森影がほぼ全てを掌握した皇城、大臣たちの弱みも握っているので、皇帝を嘘の情報で操るのは、お手の物だ。


ギイィ


 謁見の間の扉が開かれる。

 アーロンは剣を抜いて、先頭を行く。


「な、何者だ!」


 皇帝は急いで逃げようとするが、森影の闇属性魔法によって身体が動かない。

 アーロンは皇帝の前にやってきた。

 手が震えるアーロン。


(こいつは、この国のうみだ。殺さなければ)


 自身を鼓舞し、覚悟を決めて、アーロンは剣を振り上げた。


「スルス帝国皇帝!悪政を蔓延はびこらせた罪、その命であがなえ!!」


 アーロンは皇帝の首をねた。

 皇帝の少ない髪を何とか掴んだアーロンは首を掲げた。


「皇帝の首を取った我々の勝利だ!!」


 おぉおおおお!!と味方の雄叫びを聞きながら、アーロンは首を森影に渡した。

 首は帝城前に晒し首にされることとなった。


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