第4章 遥かなる帰路
第1話 お腹がペコペコです
臨淄を発ってから十日後──
楽毅と楽乗は【斉】を縦走する済水という大河を越えた。
それから二日後には霊丘という邑に至り、その二日後には【趙】国内、さらにその五日後には黄河を跨ぎ、ついに【趙】の国都・邯鄲へと至った。
「【趙】軍は連戦連勝で、今は東垣の邑を攻めているらしい」
邯鄲の街でしきりに囁かれる噂話を耳にした楽乗は、怒りで目を血走らせた。
「なんと不甲斐無い。東垣が落ちればもう霊寿は目の前なのにッ!」
しかし、楽毅はそんな苛立ちを意に介さず、
「それよりも何か食べましょう。わたし、お腹がペコペコです」
と、食堂を指差しながら言うのだった。
「しかし、お姉さ──」
その時、力んだ楽乗のお腹が、ぐぅ、と何とも気の抜けた情けない音を奏でる。
「ね?」
さすがに何も言い返すことが出来ず、楽乗は真っ赤に染まった顔でコクリとうなずくのだった。
「さて、どうやって霊寿まで戻りましょう?」
食事の席で楽乗が問う。
【中山国】内はもう【趙】兵で満ちているはずであり、戦地の只中を、それも【趙】軍に怪しまれること無く突破しなければならないのだ。
「このような非常時でも通過出来る者はおります。お土産を持って霊寿に帰りましょう」
楽毅はあっけらかんと答え、食事代を置いて席を発った。
楽乗は慌ててその後を追った。