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第4話 からかわないでください

 若干の冷気をはらんだ秋風がそよぐ丘陵を、馬車の隊列が落葉を巻き上げながら駆け登って行く。

 やがて車輪がきしむと、馬車はやや後ろに傾きだす。


「このまま何事も無ければ、あと十日程で霊寿れいじゅに到着出来そうですね」


 先頭を行く幌馬車ほろばしゃの中で、床に腰かけ絶え間無い振動に身を任せながら楽毅がくきが向かいに座る楽乗に向けて言う。


「はい。ですが、いつ【ちょう】軍の検問に引っかかるかわからないので油断はできません」


 楽乗がくじょうはそう言って腰に携えた一振りの剣に手を添える。何かあればすぐにこれを抜く、という意思表示であった。


「検問は避けられないでしょうが、それを抜ける為にこのような格好をしているのです」


 楽毅がくきはそう言って着ている麻製の服の袖をヒラヒラさせる。楽毅がくき楽乗がくじょうは【ちょう】軍に怪しまれないようにヤン商会の服をツェイから借り、商人の一員としてこれをやり過ごそうとしていた。


「今は商人らしく振る舞いましょう」

「はい。ですが……どうも足元がスースーして落ち着かないです」


 そう言って楽乗がくじょうはあらわになっている両膝を密着させ、もじもじと体をくねらせる。

 彼女は常に男性と同じ脚衣ズボンを好み、女性らしい衣装はあまり着た事が無いのだ。


 ツェイもそうだが、ヤン商会の服は丈が短めで、脚を大胆に露出させた意匠デザインだ。しかし楽乗がくじょうは男性並みに背が高いため寸法サイズが合わず、ツェイ楽毅がくきは膝下のみが露出しているのに対し、彼女は膝上までもが完全に露出してしまっていた。


「よく似合ってますよ、楽乗がくじょうさん」

「もう、からかわないでください、お姉様ッ!」


 いたずらっぽい笑いに、楽乗がくじょうは顔を赤らめて叫んだ。


 ──それにしてもこの太極図たいきょくず、どうも気になる。


 自分が着ている服の裾、その外側に刺繍された文様を見て、楽毅がくきは再び疑念に駆られる。

 彼女が危惧しているのは、この太極図たいきょくずに象徴される陰陽いんよう説は【墨家ぼっか】にも大いに用いられていること──つまり、ヤン商会は【墨家ぼっか】と関わりがあるのではないか、という事であった。

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