第3話 それほどですか
一時間後──
邯鄲の北門にぞろぞろと幌馬車が群れる。
大量の鉄と弩を積んだ馬車の数は全部で八台にも及び、集められた人夫も三十人あまり。もはや立派な隊商である。
「楽毅どのにご紹介致します」
楊はそう言って楽毅達の前にひとりの少女を招き寄せ、
「この者は楊商会の一員で、翠と申します。この者を隊長として同行させますので、何でもお申しつけください」
そう告げる。
「……翠です。よろしくお願い致します」
そう言って少女はうやうやしく一礼する。
歳は楽毅達とあまり変わりないようだが、特に手入れもされていない短めの髪と細面なその顔立ちは地味であり、また、どこか陰を感じさせるものであった。
「わたしは楽毅。そしてこちらが楽乗です。どうかよろしくお願いします」
楽毅の言葉に軽く会釈を返すと、翠はさっさと馬車の方へと歩き出してしまう。
「無愛想な娘で申し訳ございません。ですが、翠はああ見えてなかなか腕が立ちますし、機転も利きます。必ずやお役に立ちましょう」
楊は苦笑交じりに頭を下げる。
「かなりの腕前である事は、歩き方を見ただけでも分かります」
少女の隙の無い挙措を見送りながら、【中山国】を代表する武人である楽乗が感嘆交じりに呟く。
「同じ女性同士で歳も近いようですし、どうか仲良くしてください」
「かしこまりました。これほどまでに心を砕いていただき、感謝の言葉もございません。このご恩は、いつの日か必ずお返し致します」
「その時を楽しみにお待ちしております」
そう言い残して、楊は踵を返し街中へと戻って行った。
「あの方も相当の手練れですね。今の私では勝てないかもしれません」
去りゆく楊の後ろ姿、その隙の無さに、楽乗は瞠目した。
「それ程ですか。どうやら、ただの商人というワケでは無いようですね」
齋和を立派に育て上げた大商人である伯翁が目をかけた人物であるのだから、充分信頼に足るだろう。
しかし、楽毅は彼の服に配われた太極図がどうしても気にかかるのだった。