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第6話 とてもおキレイだと思います

「……あの、私の方からもひとつうかがってもよろしいでしょうか?」

「え? ええ、どうぞ」


 寡黙なツェイの方から話しかけられるとは思っておらず、思惟しいにふけっていた楽毅がくきは驚き、声が少し上ずる。


楽毅がくきどのは異国の血を継がれているとお見受けいたしますが……」

「ああ、やっぱり気になる? 気味が悪いもんね」


 そう言って、特徴的な赤い髪をひと撫でする。


「いいえ、そういうワケでは……。とてもおキレイだと思います」

「ふふ、ありがとう」


 楽毅がくきがうれしそうに笑う。

 すると、なぜか後ろにいる楽乗がくじょうがムッとしかめた顔をツェイに向けるのだった。


「母がね、異国人だったの」

「だった?」

「母はわたしが物心ついたころに亡くなったらしいから、ほとんどその記憶はないの。父も母については何も教えてくれないから、どこの生まれの人なのかさえ分からないのよ」

「そう……でしたか」


 同情を感じたのか、ツェイの口調に哀愁の色がこもる。


「私はヤン商会の一員としてこれまで世界各地を廻り、様々な国や人を見てきました。その経験から察するに、恐らく楽毅がくきどののお母上は印度インドよりさらに西──波斯ペルシャ希臘ギリシャ辺りの血筋ではないかと思われます」

波斯ペルシャ……希臘ギリシャ……」


 楽毅がくきはその国の名を耳にするのは初めてであり、それを聞いてもどこの事なのかいまいち想像がつかずにいた。


「今より四十年ほど前、馬基頓マケドニアという国のアレクサンドロスという名の王が波斯ペルシャ希臘ギリシャをはじめとした国々を次々に併呑へいどんしながら東へ大遠征を行ったことはご存知ですか?」

「ええ。最後は印度インドにまで攻め上り、その脅威はこの中華大陸に至る寸前だったと聞き及んでいます」

「その通りです。アレクサンドロスの死後はその遺臣達が王族を殺害して広大な領土を奪い合い、今は複数の国に分裂した状態となっているのです」

「この中華大陸と似たような状況なのですね?」


 ツェイは前方に目を向けたままコクリとうなずく。


 この中華大陸も遥か昔に武王ぶおうが【しゅう】王朝を打ちたて、功臣達がそれぞれ領土をたまわり平穏に治めていた。しかし時が経過するにつれ異民族の侵攻や各国の公主間の争いが激化し、王朝の権威は形骸けいがい化していったのだ。


 ──それにしても、商人の見聞はやはりすばらしいわ。


 楽毅がくき臨淄りんしの街でも多くの商人と接してきたが、中華大陸の外にまで足を運ぶ者は少なく、いたとしてもせいぜいが印度インドまでであった。


「……ねぇ、ツェイさん。ヤン商会は世界各国を廻ってるって言ってたけど、西の果てを見た事はあるのかしら?」


 未知なる異国に更なる興味を抱いた楽毅がくきたずねる。


「果てはまだ見た事はありません。羅馬ローマという国がこれまでで最遠の旅でした」

羅馬ローマ? よかったらその国の事、詳しく聞かせていただけない?」


 こうして楽毅がくき達はツェイが語る遠い異国の話に耳を傾けながら、生まれ故郷である【中山国ちゅうざんこく】への帰路を進むのだった。

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