第7話 やはり油断ならないな
丘陵で日暮れを迎えた楽毅達は、付近に民家も何も無い寂寥とした木々の狭間に野営を設ける事となった。
食事を摂った一行はすぐに天幕を張り眠りに就く。
炬火はすべて落としており、天の星明かりも木々によってほとんど遮られている。そんな暗澹と静寂が支配する空間に、彼女達は身を置いていた。
本来であれば獣を除ける為に火は焚いたままにしておくべきなのだが、獣よりも恐ろしい野盗をおびき寄せてしまう可能性があるのだ。
馬を繋いでいる木の根元に、翠が一人背中を丸めてうずくまっている。
彼女はまだ眠っておらず、側で気持ち良さそうに眠っている馬の頭を優しく撫でていた。
その刹那、前方から近づく何者かの足音を察知し、立ち上がると同時に懐から匕首を抜き出し身構える。
「私だよ、翠どの」
大きな黒い影と共に現れたのは楽乗だった。
その姿を確認した翠はフッと鼻から息を吐き出し、無言のまま匕首を懐に戻した。
「ずっと見張りをしていたみたいだな。後は私が代わるから、アナタは眠っておいた方がいい」
そう言って楽乗は先程まで翠が座っていた場所にどっかと腰を降ろし、翠と同じ様に馬の頭をなでる。
「……私が眠っている方が安心、というワケですか、楽乗どの?」
「そうかもしれないな」
わずか一歩程の両者の間に、剣呑とした空気が糸の様にピンと張りつめる。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
その緊張を振りほどくように、翠が拱手を残し、歩き出す。
しかし、すぐにその歩みを止めると、
「……アナタの楽毅どのに対する献身は忠誠? それとも愛?」
背中越しに問う。
「なっ⁉︎」
不意に取り乱し、立ち上がる楽乗。
しかし、すでに翠の姿は闇の中へと消え失せていた。
「……あの娘、やはり油断ならないな」
楽乗は口惜しそうな呟きを闇に向け、再び腰を降ろすのだった。