第11話 参ったな
その日の夜──
楽毅と楽乗と翠の三人は、趙与が設置してくれた天幕の中で枕を並べた。
食事も趙与が運んでくれた。羹と干し肉は最高の戦場食であり、彼女達は体の芯から温まる事が出来た。
「なぜ、ここまでしてくださるのですか?」
楽毅の口から、自然とそんな言葉が出ていた。
それに対して趙与は、
「私には貴女達と同じくらいの歳頃の娘がおりましてね。何となくおせっかいを焼きたくなるのですよ」
どこか頼り無さげな、しかし父の情愛を感じさせる穏やかな笑みで答えたのだった。
──わたしはその娘さんと──趙奢とお友達なのです。そして、アナタの敵です。
楽毅はそう伝えたい衝動を必死にこらえた。そんな事をすれば、これまでの苦労は全て水の泡だ。
趙与の優しさは、楽毅の胸にどうしようもないやるせなさをもたらすのだった。
「……あの、楽毅どの?」
夜も深まり、三人そろって床に就いた頃、翠が小声で話しかける。
「どうしました?」
「先程は助け舟を出していただき、ありがとうございました」
翠は、田不礼の問いにすぐに答えられず、結果楽毅に助けられた事に対して礼を述べる。
「先程? ……ああ、あの無礼な人の事ですか」
不礼と無礼が掛かっている事に気づいた楽乗が、その横で必死に笑いをこらえている。
「実はわたし、邯鄲で楊どのに武器を【中山国】へ持ちこむ事を伝えた時、彼はわたしに言ったのです。『商売上手だ』、と。その時はなぜそう言われたのか分からず、ずっと考えていたのです」
「つまり、その答えが先程の不礼に対する返答だ、と?」
恐らくは、と言って楽毅は横になった体勢のまま小さくうなずいた。
「もちろん、わたしは商売の為に武器を【中山国】へ持ち込むワケではありませんが、もしかしたら楊どのは商売人としてそうすべきだったと思われたのかもしれません」
「……参ったな」
それを聞いた翠が、感嘆のため息を漏らし、
「私はずっと前から楊様のお側に仕えてきたにも関わらず、たった一度会っただけの楽毅どのの方がより深く楊様の事を理解してらっしゃる……」
多少の嫉妬もこめてそう言うのだった。